朔夜が現場に向かうため、馬車に乗り込もうとした時だった。後方から勢いよく腕を引かれ、身体が大きくよろけた。振り向くと、それはしかめっ面の九条だった。
「……何をする」
鋭い朔夜の目が向けられても、九条は表情を変えない。むしろ、もっと不満そうな顔つきになる。
「鈴白小春から預かった。これ!」
そう言って朔夜の掌を掴み、そこへあの巾着を無理やり押しつけた。
小春が霊草菓子を入れている麻の巾着だった。
「なんで九条が持っているんだ? また取ったのか?」
朔夜が怪訝そうに胸元を探ると、霊草飴の袋はきちんとあった。不思議そうに二つを眺める。
「わからない? ラムネだってよ」
九条が白けた声で朔夜に教える。
その途端、朔夜は巾着から中身を掌に出した。ころんとした錠剤が転がった。
「出来たのか。だが……」
朔夜はぎろりと九条を見る。
九条はすぐに答える。
「なんで僕が持っているかって? それは、僕にもラムネを届けにきたからだよ!」
朔夜は目を瞬かせる。そして、ふっと息が漏れた。
「食べたんだな。いい顔しているぞ」
九条は不服そうに口を突き出す。安らいだその瞳を隠すように、微かに顔を赤らめた。
「小春、本当におせっかい! 僕には不要なのに!」
子供のように足を鳴らす。
朔夜が珍しく顔を崩し笑う。
「覚醒したな、九条」
むっとした九条は朔夜に言う。
「随分、余裕だね。御神影、気が付いてないんだ」
「なんのことだ」
九条はすっと表情を整える。
「……小春、鈴白へ戻るつもりだよ」
「は?」
朔夜が目を開く。
「御神影家を出て行く気だよ。僕のこと、笑っている場合じゃないでしょ」
「……なっ」
言葉よりも先に、朔夜の視線は道の先へ向いた。そして足が走り出すまでに、時間は必要なかった。
出発直前に朔夜が持ち場を離れたため、部下たちが焦りだす。
その中で、九条は小春を追う朔夜の背中に届かない言葉を投げる。
「小春がおせっかいだから、仕返しに僕もおせっかいしただけ」
九条はそのまま、しれっと馬車に乗り込んだ。
「九条管理官も任務に行かれるのですか?」
「当たり前。とりあえず、御神影の後を追って」
「いいのですか?」
「あいつは絶対に任務を断らない。たとえ好きな女が去ろうとしてもね」
九条は腕を組み、背当てに深く沈んだ。
