死神の旦那様は花嫁菓子しか食べられない 〜捨てられた霊草菓子職人は、主神様の唯一の救いになりました〜




 大きな鞄を抱えた小春の後ろ姿を九条はぼんやり見送った。

(本当に、二人とも阿呆だな)
 胸の内で毒づく。
(犠牲になることしか考えてないんだから)

 それなのに、手の中の巾着だけが妙に温かかった。

 九条は恐る恐る紐を解き一粒取り出す。
 指先で摘み上げ色々な角度から眺めた。
 そして鼻先へ近づける。

「うわ……柑橘じゃん」

 思わず顔が歪む。
 しかし、なぜか目が離せない。
 人気のない廊下をそっと見回し、再びラムネへ視線を戻した。
 まるで呼ばれているような気がした。

「……一口だけなら」

 気づけば口へ運んでいた。
 すぐには溶けない。
 けれど歯でカリッと割った瞬間、泡が一気に弾けた。

「っ……!」

 身体が跳ね、咄嗟に壁へ手をついた。
 全身に細かな電流が走った。
 一瞬、息が詰まる。
 視界が眩み、耳の奥で高い音が鳴った。

 ──次の瞬間。
 身体の奥に澱のように溜まっていた黒い重みが、一気に弾け飛んだ。

「──はっ!」

 ようやく息が吸える。
 九条は肩で荒く呼吸を繰り返した。
 そして、自分の身体に起きた異変に気づく。
 驚くほど軽い。
 胸の奥に沈んでいた、どろりとした重さが消えていた。

(……なんなんだ、これは)

 その直後、今度は陽だまりのような温かさがじんわりと広がっていく。
 知らない感覚だが、不思議なほど心地いい。
 その時、頬を一筋、何かが伝った。
 そっと指で触れる。
 涙だった。

「……なんで」

 漏れそうになる声を、九条は口元を押さえて飲みこむ。
 壁にもたれかかり、ぼそりと呟く。

「阿呆は……僕か」

 いつも一定だった鼓動が今は妙に速い。
 ──生きている。
 その感覚だけが、やけに鮮明だった。