死神の旦那様は花嫁菓子しか食べられない 〜捨てられた霊草菓子職人は、主神様の唯一の救いになりました〜




「僕は帰る!」

 九条は乱暴に鞄を掴み、そのまま部屋を出る。
 省内の出入り口まで来たところで、衛兵と女性が揉めている姿が目に入った。そのまま通り過ぎようとした瞬間、九条の足が止まった。

 それは小春だった。

「……なんでここにいる?」

 思わず問いかける。
 小春がぱっと顔を明るくした。

「よかった! 九条さん、お願いがあるんです。朔夜様を呼んでいただけませんか?」

 九条は小春から視線を外し、衛兵を見る。

「関係者以外は入れませんと説明しておるのですが……」

 困り果てた様子で衛兵が頭を掻いた。
 九条は小さくため息をつく。

「……ついてきて」

 ぶっきらぼうにそう言って、小春を人気の少ない通路へ連れていった。

「初めて来たもので、勝手がわからなくて困っていたんです。九条さん、ありがとうございます」

 小春はほっとしたように笑う。
 だが九条は、くるりと身体を翻して小春を見た。

「あのさ。家で会えるでしょう。わざわざ職場まで来る?」
「お渡したいものがあって」

 小春は鞄を開き、小さな巾着を取り出した。
 九条はそれを冷めた目で見下ろす。

「残念だけど、御神影は今から仕事。会えないよ」

 一瞬だけ小春の肩が落ちた。それでも、すぐに微笑みを作る。

「……そうでしたか。では九条さん、預かっていただけませんか?」
「何これ」

 眉を寄せながらも、九条は巾着を受け取った。

「九条さんに指摘された弱点を克服した、霊草のラムネ菓子です」
「ラムネ……菓子?」
「はい。それと、九条さんの分もお作りしました」

 小春は急いで鞄を探り、もう一つの巾着を差し出す。
 しかし九条は受け取らない。

「あのさ。君が作るものは口にしないって前に言ったよね?」
「ふふ。九条さん、いつも神経を張り詰めているでしょう? 疲れが溜まっていますよ」

 小春は九条の綺麗な銀髪を見上げ、その疲れを労わるように微笑んだ。

「悪いけど、僕は疲労を溜めない体質なんだ。いつだって自分優先で生きてるし」

 自信満々に胸へ手を当てる。
 だが小春は静かに首を振った。

「……このままでは九条さんも壊れてしまいます」

「僕の心配してどうするのさ」

「だって九条さんは、朔夜様の守り神ですから」

 ぱっと花が咲くような笑顔だった。
 九条は思わず顔をしかめる。

「は?」

 呆れたように返す。
 それでも小春は困ったように微笑みながら、小窓の外へ視線を向けた。

「九条さん、以前、仰っていましたよね。私は朔夜様を助けているようで、死へ向かわせているって」

 景色を見ているようで、その目は何も映していなかった。

「私、ようやく理解できたんです」

 九条はゆっくり腕を組む。

「……御神影から離れるの?」

 白けたような声音だった。
 しかし小春は静かに頷いた。

「私の望みは朔夜様の安寧です。これ以上、彼の安らぎを奪いたくないんです」

 九条は鼻を鳴らした。

「僕の知ったことじゃないけど」

 すると小春はくるりと振り返り、半ば無理やり九条の手を取った。
 小春のひんやりと冷たい指先が彼の掌へ巾着を握らせる。
 そのあまりの冷たさに、九条はわずかに目を見開いた。

「一粒だけでも。味見してください」
「だから、僕は食べませんって!」

 そう言いながらも、巾着を返そうとはしなかった。

「たまには九条さんも、心と身体を休ませてください」

 小春はいつも通りに笑っている。
 なのに九条は、まるで菩薩でも見ているような気分になっていた。