死神の旦那様は花嫁菓子しか食べられない 〜捨てられた霊草菓子職人は、主神様の唯一の救いになりました〜




 皿を拭く小春の後ろで、志乃は空き瓶の整理をしていた。

「すぐに溜まってしまうわね。美味しいものだけど後処理が大変だわ」
 自嘲気味に笑い瓶を並べていく。
「葡萄酒って不思議なんですよ」
 志乃は空き瓶を光へ透かした。

「長く置くと底に白い結晶がこびりつくんです」

 小春は手を動かしながら振り返る。

「何がつくんですか?」

 志乃が瓶をひっくり返し指をさす。

「これですよ。酒石っていうんですが、これが酸っぱくて」

 小春の手がぴたりと止まる。

「……酸っぱい?」
「ええ。舐めると舌がきゅっとします」

 その瞬間、小春の舌に酸の刺激がまざまざと蘇り、唾液が滲んだ。小春は皿を置き瓶の底を見つめる。

(もし、これを重炭酸と合わせたら?)

 頭の中で何かがばちりと閃いた。
 胸の鼓動が一気に早くなる。
 菜箸を一本手に取る。

「その石を削ってもいいですか」
「ええ」

 志乃は言われるがまま、瓶を手渡した。
 小春は瓶の底に付く酒石を削り落とした。 少量だが、それを乳鉢で細かく砕いた。 そこへ重炭酸の粉を混ぜる。

「小春様。一体、何を作っているのです?」

 志乃は目をぱちぱちと瞬かせる。
 小春の口元がきゅっと上がった。

「もしかしたら、ラムネの炭酸を再現できるかもしれません」

 小春は出来上がった白い粉を恐る恐る舌へ乗せる。ゆっくり口を閉じた。

 次の瞬間、しゅわりと小さな音とともに弾けた。

「……っ!」

 口から声にならない吐息が漏れる。
 脳に響くような小さな泡が、ぱちぱちと口の中で踊る。炭酸のピリッとした感覚の上に少しだけ重炭酸の苦味を感じた。思わず、目を大きく開いてしまう。

(目が覚めるこの感じ、あの時のラムネみたい!) 

「これです! ラムネのあの刺激!」

 胸の奥で何かが弾けた瞬間、心臓がさらに速く打ってくる。小春の想像は止まらない。

「……これ、甘くしたらラムネ菓子になりますね!」

 興奮で小春の呼吸が乱れる。

「あら、大発見ですね! では、空き瓶についている酒石を集めましょうか」

 小春と志乃は、ともに瓶の内側を削り続ける。それでも集まった白い結晶は小指ほどの量だけだった。

「これでは全然足りないわ……」

 せっかく発見したと思えば、すぐに次の困難が待っている。小春は唇を噛んだ。

「何をしているのです?」

 いつの間にか、鷹宮が背後に立っていた。

「葡萄酒の結晶です……これがあればラムネが作れそうなんですが量が集まらなくて」

 小春が肩を落とす。
 鷹宮は小春の手元を覗き込み、すぐに察したように頷いた。

「その結晶は酒石です。酒石酸の仲間ですよ。薬種屋でも扱っております」

 小春の目が見開かれる。

「酒石……酸」
「胃薬にも使います。もっとも、普通は菓子に入れようとは思いませんがな」

(なるほど、だから薬屋で売っているのね!)

 その瞬間、小春の中で希望のしゅわりが繋がった。