死神の旦那様は花嫁菓子しか食べられない 〜捨てられた霊草菓子職人は、主神様の唯一の救いになりました〜




 執務室の扉が乱暴に閉められた。
 その音に肩を揺らした九条が振り返る。
 怒りのこもる表情で、朔夜が勢いよく椅子に座った。

「御神影。浄化師の育成を強化しろって直談判していったんだって」

 朔夜はじろりと横目だけで九条を見て、目を伏せる。

「情報だけは誰よりも早いな」
「そうさ、褒めてよ。でもさ、職場で機嫌を悪くされると、こっちも気分悪くなるからやめなよ。……なんかさ」
 九条がいやらしく口の端を上げる。
「色恋で頭がいっぱいに見えるけど」
 朔夜がむっと表情を険しくする。
「おや、図星だった?」
 九条はけらけら笑う。
「それくらい浄化しなよ。御神影は原因がわかっているんだからさ」
「黙ってろ」

 朔夜は立ち上がると大股で足音を立てながら部屋を出た。


 廊下の先を睨むように歩く。
 頭の中は確かに仕事のことのはずだった。それなのに、いつの間にかすり替わる。落ち着かなくなる原因。

(もっとそばに、もっと触れたい。もっと深く──)

「……っ」

 足が止まる。険しい表情のまま視線を床に下げる。

(父親の限界を見たはずだ。二度と見たくはないだろう)

 拳にこもる力が強く、皮膚が白くなる。

「御神影執行官。馬車の準備ができております」

 朔夜はようやく顔を上げた。
 馬車に乗り込むと同時に、朔夜は腕を組み目を閉じた。
 少しでも気を緩めれば、胸の奥から甘美な欲求に支配されそうだった。

(小春のためにはならぬ。ただの自己満足だ)

 欲求には勝てそうにない。朔夜は認めざるを得なかった。
 がっと目を開いた。そこには冷えた瞳があった。

(小春を傷つけるものは、何人たりとも許さない。──たとえそれが、俺自身だとしても)

 冷たいほどに目を据え、朔夜はただ前だけを見ることにした。