死神の旦那様は花嫁菓子しか食べられない 〜捨てられた霊草菓子職人は、主神様の唯一の救いになりました〜




『小春、人が良すぎる』

 胸元のハッカ飴が、不満げに文句を垂れる。
『仲間を殺した人たちよ。どうして助けるの?』
 御神影へと戻る道すがら小春は苦笑した。
「だって、家族だもの。空腹に苦しむ姿は見たくないわ」
『また裏切られたら?』
「もうどん底は見ているもの。後は這い上がるだけよ。紗良もそれを分かっている」
 小春は腕の中の着物を抱き寄せた。

『小春って甘いよ。自分だって、まだ酸を見つけられていないのに』
「あ……そうでした」
 小春は肩を落とす。

「朔夜様のために、早く見つけないと」

 希望に満ちているはずなのに、どこか虚しさが胸をかすめる。

(そばにいるから朔夜様に無理をさせている……)

 不意に浮かんだ考えを、小春は激しく頭を振って打ち消した。

「違う……違うわ」

 独り言にしては大きな声。言葉にしないと、自分の正義が揺らいでしまいそうだった。
 小春は抱えた着物に縋るように力を込めた。

(自分の役目を果たすだけ。それだけでいいの)

 何度も心の中で繰り返しながら、小春は前だけを見て歩き続けた。



 仕事から戻り、朔夜は部屋で衣を整える。
 ふと、前腕に目が留まる。小春の霊草菓子を取り入れてから、血管が黒く浮き上がることがなくなった。

(弱点を克服した。喜ぶべきことだろう)

 頭の端にはいつも九条との会話がこびりついている。
 苦しみは一生抱えるのだ──。

(解決できぬことを深く考えるのは無駄だ)

 朔夜は頭を振り、着物を羽織った。

「今までもやれてきた。これからも──」

 まるで自分に言い聞かせているようだった。そのとき、障子の奥に気配を感じる。目を向ける。

「小春か」
「はい。菓子をお持ちしました」
「ああ……入ってくれ」

 障子をすっと開け、盆を持った小春が入ってくる。
 朔夜が卓に座すと、小春も盆を卓に静かに置いた。

「ぜんざいを作りました」

 ぜんざいの入った切子硝子の器を差し出した。

「いつも菓子の種類を変えてくれているのだな。ありがたい」
「お疲れですね。いつもより顔色が少し悪いですわ」
「気苦労だよ。九条とやり合った日は特にな」

 朔夜が珍しく苦笑いを見せる。

「気苦労……ですか」

(気力も体力も消耗している……その原因は──だめ、考えない!)

 膝の上に置いた手をぐっと握りしめ気を取り直した。そして、ふっと力を抜いた。

 朔夜がぜんざいを一口食べる。ゆっくりと口を動かし味わうと、ふっと頬が緩んだ。

「小春の菓子はどれも外れがない。美味いな」

 小春の目を見ながら言う。
 端正な顔が柔らかく崩れると、どうも小春の胸は落ち着かなくなる。膝の上の手が所在なく布を摘んだ。

「あ、あの。ご相談があるんです」
 小春は背を正す。
「なんだ」

「実家に……菓子作りを教えに行きたいのです。どうか、お許しいただけますか」

 小春の突然の予想外の申し出に、朔夜の匙を持つ手が止まる。瞬きを数回した後、匙を置き黙り込んでしまう。先ほどまで柔和だった顔が硬くなった。

「小春には気分の悪い場所だろう。精を出す必要はない」

 口から出るのは小春を思いやる言葉だった。

「私が平穏に過ごせるのは、朔夜様が穢れを浄化してくれているからです。なので私は、穢れの芽を摘んできます」

 朔夜ははっとして顔を上げる。

「小春が責任を取ることはない。ここで自分のことを優先していろ」

「はい、もちろんラムネ菓子は完成させます。私の使命ですから」

 朔夜をまっすぐ見つめるその瞳は揺るがない。輝きは増してさえいた。

「一日でも早く……朔夜様のお役に立ちたいのです」

 小春は視線の置き場に困り手元をみる。そして、恥じらうように頬を染めた。

「小春……」

 惚けるように小春を見つめる。そして、無意識に朔夜の手が小春の手に吸い寄せられた。触れる寸前、やはり手が止まる。

 触れずとも朔夜の体温は伝わっていた。小春も無意識に触れそうで触れない朔夜の手を、両手でぎゅうっと握ってしまった。

「っ!」

 朔夜は驚いて手を引くことができない。

「小春……何を……焦っている」

 そう言われると、小春は紗良の言葉を思い出してしまう。

 姉様が死に追いやっているのよ──

(嫌だ、違うと言って欲しい)

 小春は唇を噛み、眉を寄せる。
 だがすぐに表情を消す。
 黙ったまま、ただじっと朔夜を見る。

「小春が案ずることは何もない。ここにいろ」

 こんなに嬉しい言葉はない。なのに、小春の心は満たされない。自分の欲が膨れ上がっていることを自覚せざるを得ない。

(朔夜様は本当に私を必要としているの?
 私はここにいていいの?
 お願いだから、言葉にして欲しい)

 気を抜けば今にも嗚咽しそうになる。
 ぐっと喉に力を入れる。
 そして、精一杯、頬に力を込めて笑う。


「朔夜様……私をお嫁にもらってください」