小春は駆け足で店へ入り、店主に声をかける。
「あの着物……買います」
迷いはなかった。
「よかった……汚れてはいないわ」
着物を買い戻した小春は、店を出るなり大事そうに布を撫でた。乱暴に扱われていなかったことに胸を撫で下ろす。
同時に胸の奥はひどく重かった。
(腹いせに売ったの? それとも……生活が苦しいから?)
金に執着していた父の顔が浮かぶ。
(食事はできているのかしら。次の仕事は……)
小春の足が止まった。表情がすっと消えた。
自分をあっさりと捨てた家だ。心配する必要などないはずだ。
小春は唇を軽く噛んで再び歩き出した。
(私の家はあそこじゃない。御神影へ帰ろう)
そう自分に言い聞かせる。すると、店先から漂ってきた香ばしい匂いに、思わず立ち止まってしまった。そこは、焼きおにぎりの店だった。
「お嬢さん、ひとつどうだい? うちの味噌は麹が効いて旨味たっぷりだよ」
なぜか、それを見て思い浮かぶのは御神影家ではなく、かつての住処だった。
小春は静かに財布を開いた。
「……全部、ください」
