死神の旦那様は花嫁菓子しか食べられない 〜捨てられた霊草菓子職人は、主神様の唯一の救いになりました〜




(……だめだ。堪えろ)

 ぐっと拳を握り締め、小春に触れたい気持ちを必死に押し殺した。

「ですから、朔夜様。一緒にラムネを作ってくださいませんか?」

 この言葉に朔夜はゆっくり顔を上げた。

(この思いに応えたい)

「……ああ」

 喉が詰まり、うまく声が出なかった。けれど今度は隠すことなく穏やかな微笑みを小春へ返した。

「ありがとうございます!」

 小春の顔が明るくなる。

「 ですが、酸になる材料がまだ見つからないんです。困ったものですね」

 いつもの調子に戻った小春に、朔夜もふっと肩の力を抜いた。

「霊草は何を入れるつもりだ」
「もちろん、桜でございます」

 朔夜は、初めて小春の霊草菓子を口にした日のことを思い出す。
 瘴気に気力を奪われかけていた自分を、あの菓子が一瞬で救い上げた。
 身体が浮き上がるような浮遊感と、身体の奥まで洗われるような爽快感。
 そして、桜の香りと共に自分に向けられた小春の笑顔。
 今でも鮮明に覚えている。
 朔夜は俯いて小さく笑った。

「桜……。あの味は忘れられない。まるで、小春そのものだった」

 熱を帯びた視線が向けられる。
 彼の手はまだ袖の中に隠されたまま。けれど、その笑顔は本物だった。

(今は、これでいい)

 小春はもう寂しくはなかった。

「では、九条用に柑橘で作るか」
 珍しく朔夜から出た提案に、小春の声が弾む。
「いいですね! 九条さんも少しは神経を休めませんと」
「顔を歪めて不満を言う姿が簡単に想像できるな」
 二人の間に小さな笑いが漏れる。
 それが小春にはないより嬉しかった。

 いつか、心から触れ合えるように。
 この人を、私の作る菓子で孤独な死神の宿命から救い出す。
 二度と一人きりで暗闇に座らせたりはしない。

 始まったばかりのやわらかな朝の光が優しく二人を包み込む。
 その光の中で小春は静かに、揺るぎない決意をその胸に固めていた。