死神の旦那様は花嫁菓子しか食べられない 〜捨てられた霊草菓子職人は、主神様の唯一の救いになりました〜




 小春は黙って頷いた。
 志乃は少しの間、視線を伏せたが、やがて静かに口を開く。

「私は朔夜様の幼少期からお世話をしてきました。昔は活発で、いたずら好きな普通の男の子だったのですよ」
「活発……いたずら好き?」

 今の朔夜からは想像ができない。けれど、そんな頃があったと思うだけで、胸が温かくなった。

「御神影は千年続く由緒ある社です。ですが、三年前、朔夜様の父上様が穢れ払いで体調を崩されました。その役目を、朔夜様が引き継がれたのです」

 志乃の手が、ぎゅうと握られる。

「朔夜様の能力は父上様を超えると言います。ですが、それ以上に穢れの威力が増しているのです。甘い味を口にしても、回復が追いつかなくなっていたのです。そして……」

 小春は息を飲む。

「瘴気を浄化しきれぬまま接触してしまい、父上様はお身体を蝕んでしまったのです。病ではありませんので、医者にも治せませんでした」

 小春の指先が震えた。

「これ以上、大切な人を壊したくない。そう考えた朔夜様は、ご両親を別宅に移し、ご自身は孤独を選ばれました」

 初めて御神影へ来た日のことを思い出す。
 瘴気を纏い、独り座っていた朔夜。
 誰にも触れず、誰にも頼らず、ただ役目だけを背負っていた。

(大切な人を傷つけないために)

 小春は口に手を当て、ぐっと泣くのを我慢する。それでも涙は勝手に溢れた。

「そんなことが……あったなんて」

 胸が破れそうに苦しかった。

(逃げず、死神になろうとも職務を全うしていたんだ!)

「私と鷹宮さんは、それでもおそばに残ることを選びました」

 志乃は小さく笑った。

「そして鷹宮さんが、小春様を見つけてきたのです」

 志乃はゆっくり静かに頷く。

「小春様は望まれて、この御神影へ来られた方です。ですから、どうか自分を卑下なさらないでください。あなたの魅力は、朔夜様が一番よくご存知です」

「……はい。志乃さん。ありがとうございます」

 朔夜の孤独を知り、小春の胸がぎゅうと締め付けられるように痛んだ。

(だから、私はそばにいる)

 少しでも、その孤独を和らげてあげたい。
 けれど同時に理解してしまう。

(そばにはいられる。でも……その手は遠い)

 伸ばせば触れられる距離なのに、その手を掴めば朔夜を『大切な人を壊した死神』にしてしまう。
 小春の胸の中で、二つの想いが静かにぶつかり合っていた。