死神の旦那様は花嫁菓子しか食べられない 〜捨てられた霊草菓子職人は、主神様の唯一の救いになりました〜




 朝餉を終えた頃だった。
 志乃が「失礼しますね」と襖を開けて入ってくる。その腕には、大切そうに風呂敷包みが抱えられていた。

「朔夜様。頼まれていたお着物が届きました」

 その言葉に、小春の急須を持つ手が止まる。
 朔夜は「そうか」と短く返しただけだった。
 志乃は座卓のそばへ膝をつき、丁寧に風呂敷を広げていく。
 現れた反物を見た瞬間、小春は小さく息を飲んだ。

「……綺麗」

 それは見事な若草色だった。春の陽を浴びた若葉のような、やわらかな色合い。派手ではないのに、目を奪われる優しい美しさがある。絹地にはほのかな艶があり、朝の光を受けて静かにきらめいていた。

「朔夜様がお選びになったんですよ」
 志乃が微笑む。
「えっ……?」

 思わず朔夜を見ると、彼は湯呑みに口をつけたまま視線を逸らした。

「いつまでも志乃の借り物では不便だろう」
 それだけを淡々と言う。

 小春は目を瞬かせた。自分のために、新しい着物を用意してもらえるなど思ってもみなかったからだ。

 鈴白にいた頃は紗良のお下がりばかりだった。擦り切れてサイズの合わない衣服しか与えられなかった私に、新しい布地の匂いも、自分のために選ばれた色も、ずっと縁のないものだった。

「どうして……ここまでしてくださるのですか?」

 声が少し震えてしまう。
 朔夜は静かに湯呑みを置いた。

「必要だと思った」

 簡潔な言葉だった。けれど、その不器用な優しさが胸にじんわりと沁み込んでくる。
 小春は若草色の反物へそっと触れた。さらりと滑る絹の感触が心地よい。

「……ありがとうございます」

 気を抜けば、泣いてしまいそうだった。

「大切にします」

 小春がそう言って頭を下げると、朔夜は小さく頷いた。
 その横で、志乃がどこか嬉しそうに目を細めている。
 朝の穏やかな光の中、若草色の着物だけが春を運んできたようだった。


(こんなにも大切にしてもらえるなら──私も、もっと朔夜様を支えられる菓子を作りたい)