死神の旦那様は花嫁菓子しか食べられない 〜捨てられた霊草菓子職人は、主神様の唯一の救いになりました〜




「どうしましょう……朔夜様は、まだお戻りではないというのに……」

 志乃は落ち着かない様子で廊下を行ったり来たりしていた。普段は穏やかな彼女がここまで取り乱すのは珍しい。
 鷹宮もまた、内心は同じだった。だが、それを表へ出すわけにはいかない。

「落ち着きなさい」

 志乃に低く言い聞かせる。

「我々まで乱れては九条の思う壺だ」

 志乃ははっとしたように足を止めた。

「……申し訳ありません」

「目を離さぬように。あの男は、こちらの動揺を拾って揺さぶるのが得意だ」

 鷹宮自身、その恐ろしさを嫌というほど知っていた。柔らかく笑いながら、人の逃げ道を塞いでいく。まるで細い糸で首を締めるように。
 志乃が不安そうに襖の方を見る。

「小春様、大丈夫でしょうか……」

「……小春様は国にとって危険分子ではない。だから、九条も無闇に手出しはできないはずだ」

 つい、元霊災課の人間の本音が漏れた。

「その前に……」

 鷹宮は懐から小瓶を取り出し、慣れた手つきで胃薬を飲み込む。
 志乃が目を瞬かせた。

「鷹宮さん……また、胃が痛むの?」
「当然です」

 鷹宮は真顔で答える。

「こんな神経を使う連中の集まりだから辞めたというのに。どうか、朔夜様。一刻も早くお戻りください。私の胃に穴が開く前に」

 そう言って、真鍮のピルケースをパチリと閉じた。



 居間へ通されても、九条は座ろうとはしなかった。

 開け放たれた縁側に立ち、外の庭を眺めている。白い制服の裾を風が揺らし、その姿だけ見れば涼しげな客人のようにも見えた。

(だけど、私のことを裏で調べていた人)

 小春は、どこか落ち着かない気持ちでその背を見つめていた。

「どうぞ、お掛けください」

 勧めても九条は振り返らない。

 代わりに視線を止めたのは、縁側近くへ置かれていた竹籠だった。
 収穫したばかりの夏蜜柑が瑞々しい香りを漂わせている。

 その瞬間、九条の眉がわずかに寄った。

(素材の時点ですでに尋常じゃない霊力が宿っている。やはり、この娘が原因か)

 同時に、精霊たちが騒ぎ出す。

『この人、嫌い』
『笑っているのに、怖い』

 その声が小春の耳へ届く。
 けれど、小春にはそう見えなかった。
 九条は柔らかく笑っているし、口調も穏やかだ。

「そんなふうには見えないけれど……」

 思わず口に出してしまった瞬間、小春ははっとした。
 九条が、ゆっくり獲物を捉えるような仕草で振り返る。

「鈴白さんは、草花の言葉が分かるんだね」

 静かな声音だった。
 だが、小春の肩がぴくりと震える。
 九条の目は、もう確信していた。


(しまった……!)