死神の旦那様は花嫁菓子しか食べられない 〜捨てられた霊草菓子職人は、主神様の唯一の救いになりました〜

 

 低く冷たい声に、小春の肩がびくりと震えた。

 振り向くと、戸口に母と妹の紗良が立っていた。二人とも、汚れたものでも見るような目で小春を見下ろしている。
 紗良は春色の着物の袖で口元を隠し、わざとらしく顔をしかめた。

「姉様、気味が悪いわ。誰もいないのに独り言なんて」

 くすり、と笑う。

「だからお父様に言われるのよ。疫病神だって」

 小春は何も言い返さなかった。ただ、木杓子を握る手にそっと力を込める。
 母がため息混じりに口を開いた。

「紗良の言う通りよ。お前が『呪いの菓子』なんてものを作ってから、この店の評判はガタ落ちだわ」

 かつて、小春の考案した菓子を食べた客が体調を崩したことがあった。それ以来、小春は『呪いの菓子職人』と噂され、店の商品に触れることを禁じられている。

「さっさと奥へ下がりなさい。余計なことをされると困るのよ」

 母はそう言い捨てると、興味を失ったように視線を外した。
 すると紗良が、楽しげに笑う。

「今日はお父様から嬉しいお話があるそうよ」

 その声音だけで、小春にはわかった。自分に都合のいい話ではない。

「姉様、よかったわね」

 小春は黙って頭を下げ、厨房を後にした。
 廊下へ出ると、菓子職人の源蔵とすれ違う。昔から鈴白屋を支えてきた職人だったが、小春とは決して目を合わせない。
 その背へ向かって、紗良が声を弾ませた。

「源蔵さん。例の作業、先にやってくださる?」
「へい、紗良様」

 源蔵は短く答え、すぐ踵を返した。

(……例の作業?)

 胸に小さなざわつきが残った。
 だが小春は何も聞けないまま、父の待つ居間へ向かった。

 部屋へ入ると、父が腕を組んで座っていた。
 座卓には封の切られた書状が置かれている。
 父は小春を見るなり、値踏みするように目を細める。
 その視線だけで、息が詰まりそうになる。

「御神影家から見合いの話が来た」

 前置きもなく、父は言った。

「向こうの当主が、菓子を作れる妻を望んでいる。小春、お前を嫁に出すことに決めた」

 その名を聞いた瞬間、小春の血の気が引いた。
 御神影家。
 穢れを祓う代わりに、瘴気をその身に受ける一族。
 人々からは『死神』と恐れられている。


「……死神の家、ですか……」