夕餉は静かな空気の中で始まった。
志乃はどこか嬉しそうに配膳を終えると、戸棚から一本の瓶を取り出す。
「今日は少し、特別にいたしましょうか」
そう言って抜いたのは深い色の酒──葡萄酒だった。
「志乃、それは……」
鷹宮がわずかに眉を寄せる。
「いいではありませんか。朔夜様のご体調も落ち着いていらっしゃいますし」
にこりと笑い、ためらいなく杯に注ぐ。その様子に鷹宮は小さく息をついた。
「……私は遠慮しておきます。これでも日々神経を使っておりましてね」
そう言って懐から取り出したのは、小さな包みだった。中から現れたのは錠剤の薬だった。
「飲めば多少は違うのですよ……」
口に含む様子に、小春は思わず目を瞬かせた。
鷹宮は薬で無理やり身体を守っている。
しかし、朔夜には薬は効かない。
(……だから私の「菓子」じゃないとダメなんだ)
「もう、見慣れた光景ね」
志乃がくすりと笑う。
そのやり取りの間、朔夜は小春の方へ視線を上げた。すぐに何事もなかったかのように杯へ視線を戻す。だが、何度か同じことが繰り返された。
(……気のせい?)
小春は、そっと視線だけ朔夜に向ける。
(私の動き、呼吸の音、そのすべてを聴いているかのような……)
そう思うと、なんだか落ち着かない。小春は精霊たちの言葉を思い出す。薬草菓子には副作用もあるのだと。ならば、受け入れようと小春は視線を食卓に戻した。
朔夜の箸は、昨夜とは違い自然に動いていた。そのことに小春はほっと息をつく。
夕餉を終える頃、志乃が静かに口を開いた。
「寝室は当主のお部屋にご用意をしております」
「……え?」
意味を理解した瞬間、小春の頬が熱を帯びる。
(寝室……一緒に……?)
思わず朔夜を見上げた。
だが彼は当然のように立ち上がった。
「離れるなと言っただろう」
それだけを告げる。
小春は言葉に詰まる。確かにそう言われた。
けれど⸻
(まだ、結婚もしていないのに……!)
胸の内で慌てながらも声には出せない。
