胸の奥に小さく、けれど確かな居場所の感覚が芽生えていた。
そのときだった。
「──何をしている」
背後から落ちた低い声に、小春は肩を震わせた。
振り向くと廊下に朔夜が立っていた。
白制服に身を包んだその姿は、昨夜の和装とはまるで別人だった。
朝の陽光を受けて、胸元と肩に施された銀糸の刺繍が淡く光る。
小春は思わず息を呑む。
神職とも軍人とも違う、どこか人ならざる威厳をまとっている。
その姿に、小春は一瞬言葉を失った。
「あ……あの……」
視線を逸らしそうになるのを堪え、小春は花壇の方へと目を向ける。
「少し……この子たちと、お話を……」
そう言いかけて、はっとする。傍から見れば、誰もいない場所へ語りかけているようにしか見えない。
だが朔夜は眉をわずかに動かしただけだった。
「……草花と会話ができるのか?」
淡々とした問いだった。
小春は小さく息を呑み、それからゆっくりと頷く。
「……はい」
逃げ場はないと思った。けれど、不思議と恐れはなかった。
「朔夜様が、この子たちをここへ?」
問うと、朔夜は花壇へ視線を向ける。ほんの一瞬だけ、目の奥に何かがよぎった。
「屋敷の奥にある森に咲いていた。……あそこは、長くは持たない」
短く告げる。
「だから、ここに移した」
その言葉に花たちが小さく弾んだ。その声を聞いた小春は、ふっと頬を緩めた。
「皆、とても喜んでいます。朔夜様に助けられたのだと」
その言葉に、朔夜のまばたきがわずかに増える。
ふと、小春は気づく。自分の視界の端で、淡く光る粒がきらきらと揺れていることに。
「……お前」
朔夜が、じっと小春を見つめる。
「お前の周りに光のようなものが見える。……結晶のような」
確かめるような声だった。
小春は自分の手元を見る。そこには確かに、精霊たちの気配が光となって漂っていた。
「私も……ここに来て、初めて知りました」
少しだけ視線を伏せる。
「これは役に立てる力なんだと」
言いながら、ちらりと朔夜の姿を見上げる。白制服に身を包んだ彼は、どこまでも遠く美しく見える。
朔夜はわずかに眉を寄せる。
「なるほど。…… お前の作ったものは、『霊草菓子』か」
独り言のように呟き、それから小さく息を吐く。
「……鷹宮が、探し出したか」
何かに納得したように視線を落としたが、その意味を小春は掴めない。
やがて朔夜は顔を上げ、小春へと視線を戻した。
「異能の扱いは容易ではない」
その言葉は短かったが、どこか実感がこもっていた。そして、すぐに背を向ける。
「……来い」
それだけを告げて歩き出す。
小春は一瞬戸惑い、それから慌ててその背を追った。先ほどまで感じていた花壇のあたたかさが胸の奥に残っている。
(……この人も)
完全にはわからない。けれど、ほんの少しだけ──遠くない気がした。
