死神の旦那様は花嫁菓子しか食べられない 〜捨てられた霊草菓子職人は、主神様の唯一の救いになりました〜




 満開の桜が舞い散る帝都の路地裏に、老舗菓子司『鈴白屋』はあった。
 かつては行列ができるほど繁盛していたという店も、今では看板の漆が剥げ、軒先の木も黒ずんでいる。

「……うん、いい香り」

 店の奥の厨房で、小春は小さく息をついた。
 鍋の中では、小豆が白い湯気を立てながら、ことことと煮えている。
 鈴白屋の長女・鈴白小春は、毎朝誰より早く起きて、この下拵えをしていた。木杓子でゆっくりと鍋をかき混ぜる。

「小豆さん、今日はいい色ね。きっとおいしくなるわ」

 その瞬間、鍋の中で赤紫の光がぱちりと弾けた。

『あつい、あつい! でも気持ちいい!』
『小春、もっと混ぜてよ!』

 小豆たちが、楽しげに声を弾ませる。
 小春には、食材に宿る精霊の声が聞こえた。
 幼い頃からずっと──誰にも言えない秘密だった。

「だめよ。強く混ぜたら形が崩れてしまうでしょう。ゆっくり、ね」

 やわらかく言い聞かせると、小豆たちは不満そうに光を揺らす。

「あなたたちの声を聞きながら作る餡は、世界一美味しいわ。いつもありがとう」

『違うよ。小春がいつも丁寧に話を聞いてくれるから、僕らもつい頑張っちゃうの』

 小春は思わず小さく笑った。この時間だけが、唯一心を落ち着けられるひとときだ。

 実際、小春に許されている仕事は、この下準備だけだった。
 店に並ぶ菓子の仕上げに触れることは許されない。
 商品に手を出すことなど、もう何年も禁じられていたのだ。

 その穏やかな空気を、唐突に冷たい声が切り裂いた。


「また化け物みたいな真似をして!」