「はい、お疲れー」
買い物の戦利品を置き、カフェで一休み。
大学生の夏休みは長い。今日は裕子と買い物を楽しんでいた。
「今日はありがとうね、付き合わせちゃって」
「ううん、私もいろいろ買いたかったし。ちょうどよかったよ」
年間の大半を制服で過ごしていた高校時代とは異なり、今は服装を気にする場面が多い。服はいくらあっても困らない。
「ところでさ」
裕子はニヤニヤしながら言った。
「今日買った可愛い下着は、いったい誰に見せるつもりなのかなー?」
げ、バレてる。さすがは裕子。
はっきり言って、今日の私の買い物は下着メイン。大人びた暗い色合いに、可愛らしくチュールをあしらった下着は、私にとって初めての挑戦だ。
これまでは、外から見える部分だけを気にしていた。下着を人に見せる機会などない。でも、遊園地の一件を経て、次のステップを意識せざるを得なくなってしまった。
次のステップ。
それを言葉にするだけで、顔が熱くなる。でも、この調子だと、そう遠くないような気がするけど、どうかな。
「でへへ、実はねぇ、ユッキーさんなのぉ」
相変わらずくねくねしながら答える。もしこれが漫画だったら、私の体からハートマークが飛び出ているだろう。
「やっぱりか。で、今どんな感じなの?」
目を爛々と輝かせる裕子。
私は、遊園地デートの内容を語った。全身からハートマークを溢れさせながら。
――田中って、リスみたいで可愛いよね
あの観覧車の中での言葉が、私の耳の奥で、甘い耳鳴りのようにずっと鳴り止まない。
ちんちくりんな私を、この上なく愛らしく表現してくれた。
私の貧相な胸も、あの手にかかれば、まるで魅力的なものであるように錯覚してしまう。
さて、最初は前のめりに話を聞いていた裕子だったけど、観覧車のくだりを聞き終えると、眉間にしわを寄せた。
「あー、タナチュー、ちょっと待って。二人って、付き合っているんだっけ?」
「ううん、まだなの」
裕子の眉間のしわが深くなる。口をとがらせながら、ぶつぶつと呟き始めた。
「交際関係にない後輩を、先輩のパワーバランスで言いくるめて、逃げ場のない閉所で、体を触る……」
彼女の口から、次々と不穏な単語がこぼれる。ついに私の目を見て、言い放った。
「性犯罪じゃね?」
「んなっ‼」
裕子のあんまりな発言に、私は絶句。大慌てで反論の材料を集める。
「違うから! 同意! 同意してるから!」
遊園地に行ったのも、観覧車に乗ったのも、ボディタッチを受け入れたのも、私の意思だ。
――触っても大丈夫?
ユッキーさんは、私に優しく聞いてくれた。まあ、多少想像を超えていたものの、私が大丈夫だと答えたのは事実だ。
しかし、裕子は納得してくれない。
「そもそもさ、二人の関係をはっきりさせた方がいいんじゃないの? 来るか来ないかわからない連絡を待って、連絡が来ればホイホイ出向いて。これじゃあただの都合がいい女だよ」
畳みかけるような指摘に、私はしゅんとしてしまう。都合がいい女。その言葉が、私の喉の奥に苦い後味を残す。
でも、観覧車であんなに熱っぽく私を愛撫してくれたユッキーさんが、私をそんな風に扱うとは思えない。
「あなたからユッキーさんに、ちゃんとアプローチしなさい。そして、ちゃんと彼氏彼女の関係になりなさい」
くそう、言いたい放題言ってくれちゃって。
でも、彼女、という響きは堪らない。
ユッキーさんの彼女。想像したら顔がへにゃりと緩む。
「うん、そうだね。私、ユッキーさんと話してみる」
そんなへらへらした私に対して、裕子はぴしゃりと叱るように言った。
「念のために言っておくけど、付き合ってもいない男に、下着姿なんて見せちゃダメだからね」
はーい。今日買った下着が日の目を見ることができるように、頑張るぞ。
*
夏休みの間も、キャノンディーの活動はある。週に一度、空き教室を半日貸し切って活動の場にしている。
もちろん、夏休みでもやることは変わらない。お喋りと折り紙だ。
今日は、裕子と一緒に手裏剣を作っている。子供の頃に作ったことがあるから余裕だと思いきや、どこかを逆に折ってしまったのか、二つのパーツは組み合わせられなかった。ガッカリ。
すると、部屋に知らない人が入ってきた。ぽっちゃりした女性だ。ロングヘアの巻き髪を揺らす姿からは、ちょっと大人っぽいモテオーラが出ている。
私と裕子が不思議そうに見ていると、上級生の女子たちが沸き立った。
「珠奈! 久しぶり!」
彼女たちはきゃあきゃあ言いながら、珠奈と呼ばれた女性のところに集まっていく。どうやら彼女もキャノンディーのメンバーのようだ。
「いやー、久しぶり。よく来たね」
光恵さんがにっこりと笑って珠奈さんを迎えた。彼女もにっこりと答える。
「ええ、またやりたくなったんですよ。できれば今年の学園祭は参加したいです」
もちろん! 嬉しい! そんな声が部屋に響く。
なんだなんだ、かなり人気者? 私は誰が本心で誰が社交辞令なのかを見抜こうと、心のアンテナを伸ばした。こういうときの女子はすぐに可愛い子ぶる。
すると、珠奈さんは私と裕子に気が付いた。おや、という顔をしている。
「珠奈、今年の新入生だよ。裕子ちゃんと宙ちゃん。宙ちゃんはタナチューって呼ばれてる。二人とも、この子は櫛田珠奈。三年生だよ」
光恵さんが紹介してくれた。
「わあ、よろしくね。タナチューちゃん? 可愛い名前だね」
目を細めて、丸っこい笑顔になる珠奈さん。なんだかいい人そう。他の女子たちが喜ぶのもわかる気がする。
その時、また部屋に人が入ってきた。ユッキーさんだ。なぜか女子たちの声が小さくなる。
「あれ? 珠奈じゃん。珍しい」
ユッキーさんはすぐに珠奈さんに気が付いた。彼もなんだか嬉しそうだ。
「久しぶりだね、ユッキー。今年の学園祭は参加するつもりなんだ、またよろしくね」
「おお、いいんじゃない」
そう言うと、いつもの男子グループの方へスッと行ってしまった。
珠奈さんも、巻いた髪と豊満な体をゆさゆさと揺らしながら、女子たちに囲まれて行ってしまう。
あれ。私は二つの違和感を感じた。裕子も考えるような顔をしている。どうやら同じことを思ったようだ。
まず一つ目の違和感について、光恵さんに尋ねる。
「あの、珠奈さんって、三年生なんですよね? どうしてユッキーさんにはタメ口なんですか?」
光恵さんはちょっと気まずそうな顔をして、小さな声で説明した。
「ああ、あのねえ。あの二人、昔付き合ってたんだよね」
「ええ⁉」
私と裕子は同時に驚いた。
キャノンディーに、ユッキーさんの元カノがいるなんて!
確かに、ユッキーさんはかっこいいし、人気者。彼女くらいはいたことがあっても不思議じゃない。
けれども、実際に目の当たりにすると、ちょっと信じられない気持ちになる。
何より。
「あんなデブが?」
うっかり、私は心の声を口からこぼす。
裕子が力強く私を小突いた。
光恵さんは一瞬ピクッと反応したけれど、気づかないふりをしてくれた。よくできた大人だ。
二つ目の違和感については、先ほどの回答によって解決した。
ユッキーさんは、誰のことも苗字で呼ぶ。光恵さんのことは後藤と呼ぶし、コバさんは小林。私も田中と呼ばれている。
そんな彼が、珠奈さんのことは下の名前で呼んだ。
それはきっと、彼女が元カノだからだ。ユッキーさんにとって、珠奈さんは特別な相手なのだ。
ありえない。
私がこれから頑張って手に入れようとしているものを、珠奈さんは既に持っているのだ。
マジでありえない。
私の心は、醜い嫉妬の炎でメラメラと燃え上がっていた。
買い物の戦利品を置き、カフェで一休み。
大学生の夏休みは長い。今日は裕子と買い物を楽しんでいた。
「今日はありがとうね、付き合わせちゃって」
「ううん、私もいろいろ買いたかったし。ちょうどよかったよ」
年間の大半を制服で過ごしていた高校時代とは異なり、今は服装を気にする場面が多い。服はいくらあっても困らない。
「ところでさ」
裕子はニヤニヤしながら言った。
「今日買った可愛い下着は、いったい誰に見せるつもりなのかなー?」
げ、バレてる。さすがは裕子。
はっきり言って、今日の私の買い物は下着メイン。大人びた暗い色合いに、可愛らしくチュールをあしらった下着は、私にとって初めての挑戦だ。
これまでは、外から見える部分だけを気にしていた。下着を人に見せる機会などない。でも、遊園地の一件を経て、次のステップを意識せざるを得なくなってしまった。
次のステップ。
それを言葉にするだけで、顔が熱くなる。でも、この調子だと、そう遠くないような気がするけど、どうかな。
「でへへ、実はねぇ、ユッキーさんなのぉ」
相変わらずくねくねしながら答える。もしこれが漫画だったら、私の体からハートマークが飛び出ているだろう。
「やっぱりか。で、今どんな感じなの?」
目を爛々と輝かせる裕子。
私は、遊園地デートの内容を語った。全身からハートマークを溢れさせながら。
――田中って、リスみたいで可愛いよね
あの観覧車の中での言葉が、私の耳の奥で、甘い耳鳴りのようにずっと鳴り止まない。
ちんちくりんな私を、この上なく愛らしく表現してくれた。
私の貧相な胸も、あの手にかかれば、まるで魅力的なものであるように錯覚してしまう。
さて、最初は前のめりに話を聞いていた裕子だったけど、観覧車のくだりを聞き終えると、眉間にしわを寄せた。
「あー、タナチュー、ちょっと待って。二人って、付き合っているんだっけ?」
「ううん、まだなの」
裕子の眉間のしわが深くなる。口をとがらせながら、ぶつぶつと呟き始めた。
「交際関係にない後輩を、先輩のパワーバランスで言いくるめて、逃げ場のない閉所で、体を触る……」
彼女の口から、次々と不穏な単語がこぼれる。ついに私の目を見て、言い放った。
「性犯罪じゃね?」
「んなっ‼」
裕子のあんまりな発言に、私は絶句。大慌てで反論の材料を集める。
「違うから! 同意! 同意してるから!」
遊園地に行ったのも、観覧車に乗ったのも、ボディタッチを受け入れたのも、私の意思だ。
――触っても大丈夫?
ユッキーさんは、私に優しく聞いてくれた。まあ、多少想像を超えていたものの、私が大丈夫だと答えたのは事実だ。
しかし、裕子は納得してくれない。
「そもそもさ、二人の関係をはっきりさせた方がいいんじゃないの? 来るか来ないかわからない連絡を待って、連絡が来ればホイホイ出向いて。これじゃあただの都合がいい女だよ」
畳みかけるような指摘に、私はしゅんとしてしまう。都合がいい女。その言葉が、私の喉の奥に苦い後味を残す。
でも、観覧車であんなに熱っぽく私を愛撫してくれたユッキーさんが、私をそんな風に扱うとは思えない。
「あなたからユッキーさんに、ちゃんとアプローチしなさい。そして、ちゃんと彼氏彼女の関係になりなさい」
くそう、言いたい放題言ってくれちゃって。
でも、彼女、という響きは堪らない。
ユッキーさんの彼女。想像したら顔がへにゃりと緩む。
「うん、そうだね。私、ユッキーさんと話してみる」
そんなへらへらした私に対して、裕子はぴしゃりと叱るように言った。
「念のために言っておくけど、付き合ってもいない男に、下着姿なんて見せちゃダメだからね」
はーい。今日買った下着が日の目を見ることができるように、頑張るぞ。
*
夏休みの間も、キャノンディーの活動はある。週に一度、空き教室を半日貸し切って活動の場にしている。
もちろん、夏休みでもやることは変わらない。お喋りと折り紙だ。
今日は、裕子と一緒に手裏剣を作っている。子供の頃に作ったことがあるから余裕だと思いきや、どこかを逆に折ってしまったのか、二つのパーツは組み合わせられなかった。ガッカリ。
すると、部屋に知らない人が入ってきた。ぽっちゃりした女性だ。ロングヘアの巻き髪を揺らす姿からは、ちょっと大人っぽいモテオーラが出ている。
私と裕子が不思議そうに見ていると、上級生の女子たちが沸き立った。
「珠奈! 久しぶり!」
彼女たちはきゃあきゃあ言いながら、珠奈と呼ばれた女性のところに集まっていく。どうやら彼女もキャノンディーのメンバーのようだ。
「いやー、久しぶり。よく来たね」
光恵さんがにっこりと笑って珠奈さんを迎えた。彼女もにっこりと答える。
「ええ、またやりたくなったんですよ。できれば今年の学園祭は参加したいです」
もちろん! 嬉しい! そんな声が部屋に響く。
なんだなんだ、かなり人気者? 私は誰が本心で誰が社交辞令なのかを見抜こうと、心のアンテナを伸ばした。こういうときの女子はすぐに可愛い子ぶる。
すると、珠奈さんは私と裕子に気が付いた。おや、という顔をしている。
「珠奈、今年の新入生だよ。裕子ちゃんと宙ちゃん。宙ちゃんはタナチューって呼ばれてる。二人とも、この子は櫛田珠奈。三年生だよ」
光恵さんが紹介してくれた。
「わあ、よろしくね。タナチューちゃん? 可愛い名前だね」
目を細めて、丸っこい笑顔になる珠奈さん。なんだかいい人そう。他の女子たちが喜ぶのもわかる気がする。
その時、また部屋に人が入ってきた。ユッキーさんだ。なぜか女子たちの声が小さくなる。
「あれ? 珠奈じゃん。珍しい」
ユッキーさんはすぐに珠奈さんに気が付いた。彼もなんだか嬉しそうだ。
「久しぶりだね、ユッキー。今年の学園祭は参加するつもりなんだ、またよろしくね」
「おお、いいんじゃない」
そう言うと、いつもの男子グループの方へスッと行ってしまった。
珠奈さんも、巻いた髪と豊満な体をゆさゆさと揺らしながら、女子たちに囲まれて行ってしまう。
あれ。私は二つの違和感を感じた。裕子も考えるような顔をしている。どうやら同じことを思ったようだ。
まず一つ目の違和感について、光恵さんに尋ねる。
「あの、珠奈さんって、三年生なんですよね? どうしてユッキーさんにはタメ口なんですか?」
光恵さんはちょっと気まずそうな顔をして、小さな声で説明した。
「ああ、あのねえ。あの二人、昔付き合ってたんだよね」
「ええ⁉」
私と裕子は同時に驚いた。
キャノンディーに、ユッキーさんの元カノがいるなんて!
確かに、ユッキーさんはかっこいいし、人気者。彼女くらいはいたことがあっても不思議じゃない。
けれども、実際に目の当たりにすると、ちょっと信じられない気持ちになる。
何より。
「あんなデブが?」
うっかり、私は心の声を口からこぼす。
裕子が力強く私を小突いた。
光恵さんは一瞬ピクッと反応したけれど、気づかないふりをしてくれた。よくできた大人だ。
二つ目の違和感については、先ほどの回答によって解決した。
ユッキーさんは、誰のことも苗字で呼ぶ。光恵さんのことは後藤と呼ぶし、コバさんは小林。私も田中と呼ばれている。
そんな彼が、珠奈さんのことは下の名前で呼んだ。
それはきっと、彼女が元カノだからだ。ユッキーさんにとって、珠奈さんは特別な相手なのだ。
ありえない。
私がこれから頑張って手に入れようとしているものを、珠奈さんは既に持っているのだ。
マジでありえない。
私の心は、醜い嫉妬の炎でメラメラと燃え上がっていた。



