金曜日は、週に一度のサークル活動の日。折り紙サークル「キャノンディー」は、会員数二十名ほどの学生団体だ。
活動内容は、めっちゃ緩い。夕方にサークルで定期予約してある空き教室へ集まって、ダラダラ喋って、気が向いたら折り紙を折る。そんな感じ。出席も自由。
一応、年に数回は展示会を開催していて、それに向けたミーティングをしたり、みんなで共同で作品制作に取り組むときもある。
サークルのメンバーは男子の方が多い。折り紙というと女々しいイメージがあったので、それは意外だった。
男子が多いという情報があったから、女子校出身で男に飢えていた私は、裕子からの誘いに迷わず乗った。
と言っても、男子と何があるわけじゃないけど。結局、サークル内でも女子で集まっていることが多い。
それでも、男子と同じ空間で過ごし、時々会話をすることが楽しい。今でもちょっとドキドキするし、大学に入ってよかったな、って思う。
裕子は自らキャノンディーに入っただけあり、折り紙が好き。
一方の私は、折り紙があまり得意じゃない。でも、そんなのは私だけじゃないし、作品作りは任意なので、気にならない。時々、裕子に教わりながら簡単な作品を作って楽しんでいる程度だ。
人によって、作る作品も様々だ。
例えば四年の萩野さんは、よくリアルな虫の作品を折っている。リアルな作品は、萩野さんの知的な風貌に似合っている。クイっと眼鏡を直しながら折り紙を折る姿に、ちょっとドキッとしてしまう。
それにしても、折り紙の角は四つしかないのに、なんで足が六つある虫が折れるのか、本当に不思議。
特にすごいのは、四年で団長の後藤光恵さん。年に一度の学園祭では、とんでもなく複雑でリアルな作品を仕上げる。しかも、それは自分で創作したもの。学園祭の展示会では、彼女の作品見たさにやって来るお客さんもいるらしい。
今後、光恵さんが卒業してしまうと、キャノンディーの戦力は大幅に落ちるだろうな。それは後輩メンバーの小さくない悩みの種なのだ。
ユッキーさんが作るのは、主にユニット折り紙。まずパーツを作り、それらを組み合わせて完成するタイプの折り紙だ。
お喋りしながら、手元も見ずに同じ形のパーツを量産していく。その手つきは驚くほど手慣れていて、まるで呼吸をするみたい。
彼はくす玉と呼ばれる、トゲトゲした丸っこい作品が好きらしい。様々な色の紙を組み合わせて、色んなバリエーションのくす玉を作っている。
「これは薗部式ユニットっていうんだ。ユッキーはこればっかり。たまには違うのも作ればいいのにね」
光恵さんが解説してくれたが、その名前はすぐに忘れた。くす玉の方が覚えやすい。
カラフルで幾何学的なくす玉を初めて見たとき、私はとてもびっくりした。折り紙といえば折り鶴くらいしか知らなかった私にとって、それは新しい世界の扉を開いた。
ユッキーさんは、いつも同期の萩野さんやコバさんたちと一緒にいる。そんな四年男子の軍団に、私は近づくことができない。軽く挨拶をすることがやっとだ。
そうでなくても、他のメンバーがいるから、二人きりの時のようにはいかない。水族館であんなに近かったユッキーさんが、サークル活動では遠く感じる。だからこそ、あの日の記憶は、私の胸の中で大切に温められている。
*
「よっしゃ、打ち上げ行くぞ!」
コバさんが張り切ってみんなを先導する。コバさんのシャツ越しに逞しい胸板を感じて、思わず目で追ってしまう。
今日は、先日開催した春の展示会の打ち上げだ。私はまだ何もしていなかったけど、ありがたく打ち上げに参加させてもらう。
いつもの店、と呼ばれている居酒屋に着く。少しベタついた床、山盛りの枝豆、ジョッキがぶつかる音。高校生なら決して入らない場所に、気持ちが高揚する。
キャノンディーは折り紙好きの集団だけど、こういう場でその話題はほとんど出ない。単位とかバイトとか、普通の大学生らしい話題で盛り上がる。
もちろん、恋バナも。
「タナチューは彼氏とかいないの?」
二年生の先輩が私に聞いた。
「いませんねぇ」
それで私のターンは終わってしまった。
みんなに提供できる話題がないのは、何だか寂しい。かといって、まだ付き合っているわけでもないユッキーさんのことを話すのは違うだろう。私はウーロン茶を飲んで気を紛らわす。
今は裕子が、高校の頃からの彼氏に関する質問を受け、周りがキャッキャと湧いている。ちぇっ。
残念なことに、ユッキーさんの席は遠い。離れた男子グループの席から聞こえる笑い声に、いいなあ、と思ってしまう。中にはグラス片手に歩き回り、色んな人と会話する人もいるけど、私にはできないな。
今日は隣が光恵さんだった。ショートヘアで快活な光恵さんは、男子の多いこのサークルを引っ張るかっこいい女子団長だ。
もし女子校にいたら、学校内でモテモテになる様子が目に浮かぶ。昔の私なら、憧れの王子様として崇拝したかも。でも、今の私は現実の男子で満足しているから、そういうことはない。
光恵さんは、よく四年男子のグループと話している。羨ましい。
せっかくなので、ユッキーさんのことをこっそりと聞いてみた。
「光恵さんって、ユッキーさんたちと仲がいいですよね。よくあのグループと話しているイメージです」
「えー、そうかな? まああいつらは同期で、付き合いも長いから」
カシスオレンジのグラスを傾けながら、光恵さんは答えた。同期の男子を「あいつら」で一纏めにしてしまうなんて! 私にはとても真似できないよ。
すると、正面に座っていた二年の女子が、目をキラキラさせながら口を挟んだ。
「でも、光恵さんとユッキーさんって、お似合いだと思います。光恵さん的にはどうなんですか?」
ああん? 何言ってんだテメー。私は心の中で正面の先輩を睨んだ。けど、すらりと背の高い二人が並ぶ様子を想像すると、確かにお似合いかも。ぐぬぬ。
光恵さんは、それを聞いてゲラゲラと笑う。
「いやー、ありえないわ。そもそも私は熊田さんと付き合ってるからね。ユッキーって、なんでかモテるみたいだけどさあ。私には何がいいのかわからん。なんか、いつも連れてる女が違うって噂されてるらしいね」
熊田さんはキャノンディーのOBだ。私は会ったことがないけど、名前だけは聞いたことがあった。
そうか、光恵さんは彼氏持ちだし、ユッキーさんには興味がないのか。その話は私を少しだけ安心させてくれた。
なお、後半の話は私の胸にチクリと刺さったものの、都合が悪かったから無意識に聞き流した。
「でも、友人としてはいいやつだよ。なんだかんだ根は真面目で、信頼できるし」
そう言うと、光恵さんは優しく笑った。
私は心に小さなメモを書く。光恵さんはライバルじゃない、と。
私はユッキーさんを見やる。男子軍団の中で楽しそうに話している彼の顔は、遠くからでも十分に綺麗だった。
うっかり、ユッキーさんの隣のコバさんと目があう。すると、コバさんは私に向かってにっこりと微笑んだ。私の心臓が小さく跳ねる。
もちろんユッキーさんが一番かっこいいんだけど、男子が充実しているキャノンディーではどこを見ても幸福になれる。
やっぱ、現実の男子って、サイコーだな……。
活動内容は、めっちゃ緩い。夕方にサークルで定期予約してある空き教室へ集まって、ダラダラ喋って、気が向いたら折り紙を折る。そんな感じ。出席も自由。
一応、年に数回は展示会を開催していて、それに向けたミーティングをしたり、みんなで共同で作品制作に取り組むときもある。
サークルのメンバーは男子の方が多い。折り紙というと女々しいイメージがあったので、それは意外だった。
男子が多いという情報があったから、女子校出身で男に飢えていた私は、裕子からの誘いに迷わず乗った。
と言っても、男子と何があるわけじゃないけど。結局、サークル内でも女子で集まっていることが多い。
それでも、男子と同じ空間で過ごし、時々会話をすることが楽しい。今でもちょっとドキドキするし、大学に入ってよかったな、って思う。
裕子は自らキャノンディーに入っただけあり、折り紙が好き。
一方の私は、折り紙があまり得意じゃない。でも、そんなのは私だけじゃないし、作品作りは任意なので、気にならない。時々、裕子に教わりながら簡単な作品を作って楽しんでいる程度だ。
人によって、作る作品も様々だ。
例えば四年の萩野さんは、よくリアルな虫の作品を折っている。リアルな作品は、萩野さんの知的な風貌に似合っている。クイっと眼鏡を直しながら折り紙を折る姿に、ちょっとドキッとしてしまう。
それにしても、折り紙の角は四つしかないのに、なんで足が六つある虫が折れるのか、本当に不思議。
特にすごいのは、四年で団長の後藤光恵さん。年に一度の学園祭では、とんでもなく複雑でリアルな作品を仕上げる。しかも、それは自分で創作したもの。学園祭の展示会では、彼女の作品見たさにやって来るお客さんもいるらしい。
今後、光恵さんが卒業してしまうと、キャノンディーの戦力は大幅に落ちるだろうな。それは後輩メンバーの小さくない悩みの種なのだ。
ユッキーさんが作るのは、主にユニット折り紙。まずパーツを作り、それらを組み合わせて完成するタイプの折り紙だ。
お喋りしながら、手元も見ずに同じ形のパーツを量産していく。その手つきは驚くほど手慣れていて、まるで呼吸をするみたい。
彼はくす玉と呼ばれる、トゲトゲした丸っこい作品が好きらしい。様々な色の紙を組み合わせて、色んなバリエーションのくす玉を作っている。
「これは薗部式ユニットっていうんだ。ユッキーはこればっかり。たまには違うのも作ればいいのにね」
光恵さんが解説してくれたが、その名前はすぐに忘れた。くす玉の方が覚えやすい。
カラフルで幾何学的なくす玉を初めて見たとき、私はとてもびっくりした。折り紙といえば折り鶴くらいしか知らなかった私にとって、それは新しい世界の扉を開いた。
ユッキーさんは、いつも同期の萩野さんやコバさんたちと一緒にいる。そんな四年男子の軍団に、私は近づくことができない。軽く挨拶をすることがやっとだ。
そうでなくても、他のメンバーがいるから、二人きりの時のようにはいかない。水族館であんなに近かったユッキーさんが、サークル活動では遠く感じる。だからこそ、あの日の記憶は、私の胸の中で大切に温められている。
*
「よっしゃ、打ち上げ行くぞ!」
コバさんが張り切ってみんなを先導する。コバさんのシャツ越しに逞しい胸板を感じて、思わず目で追ってしまう。
今日は、先日開催した春の展示会の打ち上げだ。私はまだ何もしていなかったけど、ありがたく打ち上げに参加させてもらう。
いつもの店、と呼ばれている居酒屋に着く。少しベタついた床、山盛りの枝豆、ジョッキがぶつかる音。高校生なら決して入らない場所に、気持ちが高揚する。
キャノンディーは折り紙好きの集団だけど、こういう場でその話題はほとんど出ない。単位とかバイトとか、普通の大学生らしい話題で盛り上がる。
もちろん、恋バナも。
「タナチューは彼氏とかいないの?」
二年生の先輩が私に聞いた。
「いませんねぇ」
それで私のターンは終わってしまった。
みんなに提供できる話題がないのは、何だか寂しい。かといって、まだ付き合っているわけでもないユッキーさんのことを話すのは違うだろう。私はウーロン茶を飲んで気を紛らわす。
今は裕子が、高校の頃からの彼氏に関する質問を受け、周りがキャッキャと湧いている。ちぇっ。
残念なことに、ユッキーさんの席は遠い。離れた男子グループの席から聞こえる笑い声に、いいなあ、と思ってしまう。中にはグラス片手に歩き回り、色んな人と会話する人もいるけど、私にはできないな。
今日は隣が光恵さんだった。ショートヘアで快活な光恵さんは、男子の多いこのサークルを引っ張るかっこいい女子団長だ。
もし女子校にいたら、学校内でモテモテになる様子が目に浮かぶ。昔の私なら、憧れの王子様として崇拝したかも。でも、今の私は現実の男子で満足しているから、そういうことはない。
光恵さんは、よく四年男子のグループと話している。羨ましい。
せっかくなので、ユッキーさんのことをこっそりと聞いてみた。
「光恵さんって、ユッキーさんたちと仲がいいですよね。よくあのグループと話しているイメージです」
「えー、そうかな? まああいつらは同期で、付き合いも長いから」
カシスオレンジのグラスを傾けながら、光恵さんは答えた。同期の男子を「あいつら」で一纏めにしてしまうなんて! 私にはとても真似できないよ。
すると、正面に座っていた二年の女子が、目をキラキラさせながら口を挟んだ。
「でも、光恵さんとユッキーさんって、お似合いだと思います。光恵さん的にはどうなんですか?」
ああん? 何言ってんだテメー。私は心の中で正面の先輩を睨んだ。けど、すらりと背の高い二人が並ぶ様子を想像すると、確かにお似合いかも。ぐぬぬ。
光恵さんは、それを聞いてゲラゲラと笑う。
「いやー、ありえないわ。そもそも私は熊田さんと付き合ってるからね。ユッキーって、なんでかモテるみたいだけどさあ。私には何がいいのかわからん。なんか、いつも連れてる女が違うって噂されてるらしいね」
熊田さんはキャノンディーのOBだ。私は会ったことがないけど、名前だけは聞いたことがあった。
そうか、光恵さんは彼氏持ちだし、ユッキーさんには興味がないのか。その話は私を少しだけ安心させてくれた。
なお、後半の話は私の胸にチクリと刺さったものの、都合が悪かったから無意識に聞き流した。
「でも、友人としてはいいやつだよ。なんだかんだ根は真面目で、信頼できるし」
そう言うと、光恵さんは優しく笑った。
私は心に小さなメモを書く。光恵さんはライバルじゃない、と。
私はユッキーさんを見やる。男子軍団の中で楽しそうに話している彼の顔は、遠くからでも十分に綺麗だった。
うっかり、ユッキーさんの隣のコバさんと目があう。すると、コバさんは私に向かってにっこりと微笑んだ。私の心臓が小さく跳ねる。
もちろんユッキーさんが一番かっこいいんだけど、男子が充実しているキャノンディーではどこを見ても幸福になれる。
やっぱ、現実の男子って、サイコーだな……。



