コールマイネーム

週明け月曜日。
相変わらず勝俣とムッちゃんの三人で昼を食べる。2週間後に県大会があるが、減量が順調なムッちゃんの弁当は少し豪華だ。僕も作るのを手伝った。
 
「ムロは地区大会で無双したらしいな。丸山は見に行った?」
「田代先生に頼まれて箱崎のベンチで、話しかけて来たほかの学校の子と留守番してた」
「ナンパ?」
「男の子だよ。マエバシなんとかって学校」
「前橋永南学校?」
「それかも」

 スマホを出して、話しかけてきた青年のSNSを見せる。坊主でおっとりした顔。

「この人。ムッちゃんの技も全部説明してくれて、優しかった」
「神木だ。神木英之助。中学の時に全国大会で会って、選抜合宿でも一緒になった。今年のインターハイにも群馬代表で出て入賞してる。何か言ってたか」
「柔道の話をずっとしてただけ」
「丸山、そいつムロをスパイに来たんだ。長野の地区大会に前橋のヤツがいるのおかしいだろ」
「インスタはブロックした方がいい?」
「しなくていい。今は階級が違う」
 
 ムッちゃんは幾つもの試合に出て、全て一本勝ちした。団体はダメだったが、個人では優勝した。
試合に挑む姿に神木は「怖いな」と言っていたが、僕は怖くはなかった。
  
 あの気まずい夜のやりとりは無かったことのように、ムッちゃんはいつも通りだ。

県大会が終わるまでは僕は母屋で寝て、その先は?
県大会はたった2週間後。ラーメン屋の二階から出ていくつもりかもしれない。僕がふざけたせいだ。ムッちゃんの居場所を僕が奪った。

「今日の弁当のハンバーグ、朝陽が作っただろ。お母さんのハンバーグは楕円だけど、まん丸で朝陽っぽい」
「そうかな」箸で持ち上げそんなに丸いだろうかとまじまじと眺めていると、勝俣が横からヒョイとつまみ食いした。
「美味い。丸山は妹かネーチャンいる?いたら紹介して」
「朝陽はひとりっ子。でも朝陽の『ネーチャン』も勝俣はお断り」
「へー、残念」ホッとする。架空の姉でも、勝俣と付き合うのは嫌だ。

 机の上に置いてあった僕のスマホが光る。DMだ。
「神木さんだ。県大会のムッちゃんの予定が出たら教えてだって」
「スパイには嘘の予定を教えろ」勝俣が言った。
 
 弁当を食べ終わった頃には、女子がムッちゃんのそばで話しかけ始め、弁当箱を片付けるあいだに席を取られていた。

女子と話しているところを見たくなくて、空いていた勝俣の席に勝手に座りスマホをみる。

髪を切って黒くしても、どこかチャラいムッちゃんのところには、相変わらず女の子が遊びに来る。
 
 また神木からDMだ。
『長野市の大会でも、一緒に見学しませんか』
『本大会は用事があって行けません』
その日は商店街のまつりがあり、店の手伝いをしなければならない。
『アサヒくんも来たほうがいいよ。室見さんの優勝が見れる』
『僕の分も神木さんが応援してあげてください』
『今は学校?箱崎高校はどんなところですか』
 
 教室の窓を空けて、校庭とその向こうの山を撮った。
『こんな学校』
無意味な写真を神木に送る。退屈で無意味な会話を続けたくは無いだろう。
『教室から山が見えるのはいいね。俺の学校はこんな感じ』

神木からも写真が送られてきた。
誰かに撮ってもらったのだろう、教室で窓のそばで立っている神木が写っていた。窓の外は間近にレンガの校舎の壁。
神木は制服だった。ワイシャツに緩めたネクタイ。

『制服かっこいい。長野の高校は私服です』
『見せて』
『室見の?』
『アサヒくんの』
 
意味のない会話。適当に自撮りする。微妙に目線がズレたがどうでもいい。送るとすぐ返信が来た。
『まだ昼休みだよね。通話しよう』

行き過ぎの気がした。ムッちゃんと繋がるために向こうは必死だ。

「しかめっ面してどうした」ムッちゃんに後ろからのぞき込まれた。
「神木くんが通話したいって」
「通話? 俺と?」
「僕と」
「なんだそれ……貸して」
ムッちゃんがビデオ通話を押した。ガヤガヤした音がして、神木の顔がのぞく。こちらは僕とムッちゃんがくっついて写っていた。
「どうも。室見です」
『2年ぶり。神木です。室見武流は死んだと思ってた』
「朝陽に連絡するのやめてもらっていい?本題は?」
『階級を上げる予定があるかを聞きたい』
「さあ」
『上げないなら、俺が下げる』
「好きにしろ」ムッちゃんは通話を切った。
 
 
 10月終わりの屋上は肌寒い。
 
 神木とのピリピリとした会話のあと、二人で話せる所へ行こうと言われて、一か八かで屋上に来たら鍵が開いていた。

 学校は田んぼのどまんなかにあり、はるか彼方まで見渡せる。5時間目の始業ベルが鳴った。

「柔道を競技として辞めたのは、家のことだけが理由じゃなかった。中3の全国大会の決勝で判定負けをしたんだ。みんな俺を励ましてくれて、何か大失敗でもしたみたいな気分だった。
行く予定だった高校の関係者も、この負けを高校で晴らして優勝しよう、君ならもっとやれる、日本一になれる。もちろん国際大会にも……何もかも息苦しかった。オバーが死んで、長野に葬式に来て、楽に呼吸ができた。ここにいたいと思った。逃げたかったんだ。どれだけ嫌でも、選手としてやっていれば、何が何でも勝ちたくて、自分を追い込む」
「なんでまた始めたの」
「オジーが入院して、警察柔道と柔道教室での手伝いが無くなった。柔道との接点が切れてたった一ヶ月で、もうやりたくてたまらなくなったんだ。やっぱり柔道が好きで、離れるのは無理だった」
「柔道部に入れてよかったね」
「そうだな。柔道をまた、本気でやるときが来た。神木みたいなやつもいて、いいことばかりじゃない」

屋上に、冷たい秋の風が吹いた。
「僕、初めて授業サボった」
「5時間目なんだっけ」
「体育。今ごろみんな走り回ってる。ほら、声」

耳を澄ますと、校庭から田代先生が檄を飛ばすのが聞こえる。
ムッちゃんが寄りかかってきた。

「朝陽の匂いを嗅ぐと眠くなる。何ヶ月も一緒に寝てたから条件反射だろうな。今も眠い」
「寝る?もっと寄りかかっても平気……、ムッちゃん、話したい事がある。県大会の日に南街ビアガーデンがあって、うちの店も出るんだ。1日中、ビールと餃子を運ぶから、県大会の応援に行けない」
僕の膝を枕にして、ムッちゃんは横になった。
「お母さんから聞いた。俺は試合を頑張るから、朝陽も商店街祭りを頑張れ。俺さあ、朝陽の餃子が食い物のなかで一番好き。皆が食べて美味いって言うのを俺も見たい」
「優しい」
「優しいのは、朝陽」身をかがめ、僕からキスした。
 
 10月の屋上。5時間目。校庭からはクラスメイトの声が聞こえた。