コールマイネーム

 終業式が終わった教室。みんな名残惜しいのか教室に残り、しゃべっている。僕は補習、ムッちゃんは部活があるので今日も弁当だ。お揃いの弁当を食べるのも慣れた。

 今ではクラスの全員が南街駅前通り商店街、ラーメンキリマンジャロの2階にムッちゃんが住んでいることを知っている。

同じクラスで剣道部の勝俣も、最近は一緒に昼をたべている。坊主頭で目つきの鋭い大柄な男だ。

「ムロって柔道強いんだな」
「んー? 何の話?」
「青羽学園で柔道やってる友達から『室見武流が長野にいるのは知ってたけど、箱崎高校で選手登録したらしい、知り合いか』って聞かれたんだ」
「勝俣と俺は仲いいって答えたよな?」
ムッちゃんは勝俣とフィストバンプした。
「毎日一緒に昼飯食って、修学旅行も同部屋だって言ったら興奮してた。中学で全国2位ってホントかよ」
「三年前だから。今は全然……今年の夏の大会は間に合わなかった。秋から試合あるから、夏で何とか立て直したい」
「亜弥わかる?四組の善養寺亜弥。ムロと遊びたいってよ。1日くらい亜弥のために空けてやって。夜でもいい」
「夜はパス。練習がきつくて10時には気絶してる」
「いつならいい」
「昼飯の時くらい」
「ムロは一人暮らしなんだろ?なあ、丸山」
「そうだよ。僕んちの離れに住んでる」
「朝陽も一緒に寝てるから、1人暮らしじゃない」
「だってムッちゃんは朝起きないんだ。起こさなきゃいけないから泊まってる。誰かが来るなら僕は母屋で寝るよ。その子がムッちゃんを起こしてあげて」
「亜弥に言っとく」
「ムッちゃん、女の子とも寝る前におんぶスクワットする?汗がつくからお風呂の前がいいよ」
「朝陽、余計な事言うな」
「なんで?女の子がびっくりしたら困る。それにさ、ムッちゃんって朝起きてすぐは、あの……」
「朝陽!」
「お前らが仲いいのが不思議」

 
 終業式の日、僕は午後いっぱい補習だった。

英語の先生に、半ば横から操られるようにして書いたプリント。先生はその場で採点し、45点でなんとか一学期は終わった。

「丸山さん、先生は来年もこの学校にいます。必ず卒業しましょう」

ごめんなさい、と言いたい気持ちを押し込める。
「はい。頑張ります」
「一緒に頑張りましょう」

 中学のときはこんな手厚くはなかった。もっと競争が激しくて、出来ない奴は置き去りだ。1年生の頃は英語のテストはずっと零点。質問されるたびに先生からは罵倒され、クラスでは馬鹿にされた。

 二年になる前に優奈が学校に直談判して、同じクラスになった。優奈が同じクラスになってからは泣かされる事も、あぶれる事も無く、からかう奴らは優奈が蹴散らした。

 懐かしいセーラー服姿の優奈。ためらいなく僕の手をつなぎ、社会と戦った。彼女に何を返せるだろう。
 
 夏休みだからお前も消えろと言いたげな、無人の廊下を一人歩いた。今日は夜からバイトだ。駐輪場まで微かな塩素の匂いとプールの水音がする。

 目の前をトンボが通り過ぎた。トンボはあたりを旋回し、僕の肩にとまった。賢そうな大きな目に意地悪そうな口をして、薄く透ける羽根の迷路のような細いフレーム。的確に飛び、空中で瞑想する。

「あの時の子?」

トンボは質問には答えず、微かな羽音をさせて飛び去った。