コールマイネーム

「嫌だ」
 両手でムッちゃんを突っぱねる。
「バイトのあとで臭いんだ。放して」
 ムッちゃんの目つきが妙に甘い。自分からビールの匂いがするのも嫌だが、ムッちゃんからも嫌な匂いではないけれど、血の匂いのような、いつもと少し違う匂いがする。
「県大会が終わったから、朝陽はまたこの部屋で寝て」
「布団を母屋から持ってきてない。明日からにする?」
「布団は俺が取ってくるから、朝陽は風呂に入れよ」
 
 熱いシャワーを浴びても、罪悪感は湯と一緒に流れては行かなかった。優奈はもう寝ただろうか。僕のせいで泣かせて、最低な気分だった。
 
 風呂から出て腰にタオルを巻く。洗濯機の上のスマホを手に取り、優奈にラインをした。
『悲しくさせてごめん』既読にはなったが返信は来ない。

 洗面所のドアがノックされた。
「朝陽、入っていい?」ムッちゃんは下着とスウェットの上下を持ってきてくれた。ついでに頭のにおいを嗅がれる。
「バイトのニオイは消えてる」タオルを頭に被せられる。
スウェットを着てドライヤーをかけ、部屋に戻るとムッちゃんは布団に入って寝ていた。顔にかかる短くなった黒髪を指先でよけて、腫れ上がった目の辺りを確認する。痛そうだ。でも顔全体の印象を損ねてはいなかった。寝顔に話しかける。
「かっこいいね、金メダル」ムッちゃんの目がうっすら開いた。
「もう一度言って、朝陽」
「金メダルおめでとう。カッコいい」
 
「朝陽、話がある。聞いてほしいんだ」
「嫌な話?」
「どうかな。ゆっくり話す。嫌だったら教えて」
「うん」
「2年生になった最初の日から、朝陽の事が気になってたんだ。席が前後だっただろ。朝陽がこっちを振り返るたびにいいなと思ってた。ずぶ濡れで登校してきたときジャージを貸したのも、仲良くなりたかったから。一緒にプール清掃をした時に、朝陽が好きだと思った」
「変なの」
「変だよな。話していて嫌な気分になったら教えて」
「嫌じゃないよ」
「4月から11月まで考えた。俺は朝陽の事がすごく好きだ。全部好きなんだ。何もかも」
「だからキスしたんだ」
「そう。キスより先に好きだって言えばよかった。朝陽は俺が朝陽を好きだって聞いて嫌じゃない?」
「僕もムッちゃんのこと好きだよ」
「よかった。それがしたかった話。俺は朝陽が好きで、朝陽にも俺を好きになって欲しかった」
「怖い話だと思ってた。東京へ行っちゃうとか」
「それも少し考えた。朝陽にキスしたら、お父さんとお母さんが心配するから離れたほうがいいと思った」
「びっくりはするかも」
「朝陽、俺は高校を出たら警察官になる。一人前になったら周りにも話して、きちんと付き合いたい。でも朝陽が言いたくないなら、お父さんやお母さんにはずっと秘密でもいい。朝陽の一番いいやり方にしよう」
「真面目だね」
「本気なんだ。朝陽、俺と付き合って」
「僕はムッちゃんに何かできるかな」
「もう朝陽からは欲しいものは全部もらった。今日も、試合が終わって帰る家があった。朝陽が俺にくれたんだ。朝陽とずっと一緒に、笑い合って生きていきたい」
「いまみたいにってこと?」
「そう」
 握ったままだった手が引き寄せられ、キスの直前で止まった。
「朝陽、返事を聞かせて」
「付き合う。ムッちゃん大好き」言い終わってすぐ唇が合わさり、抱きしめられる。
「ありがとう。絶対に幸せにする」
「もう、けっこう幸せ」2人で笑った。これが幸せって事なのかもしれなかった。