恋の答えはバグの後。

窓の隙間から差し込む容赦のない朝の光が、湊の重い瞼を無理やり押し開けた。

「……っ、痛(いっ)づ……!」

意識が完全に覚醒した瞬間に全身を襲ったのは、これまでの28年間の人生で経験したことのないような、すさまじい倦怠感と、下半身を縦に貫く特異な痛みだった。
頭は二日酔いでガンガンと割れるように痛み、喉はカラカラに渇いている。
だがそれ以上に、腰から下にかけての、まるで重い鈍器で何度も叩かれたかのような、ずっしりとした鈍痛が湊の動きを完全に封じていた。
寝返りを打とうとした瞬間、ピキ、と背筋に電流のような激痛が走り、思わず「あぐっ」と短い悲鳴が漏れる。
それと同時に、太ももの内側を何かがとろりと伝い落ちる、生々しく不快な感覚に、湊の思考は一瞬でフリーズした。
(待て。何だこれ。俺、なんで服を着てない……?)恐る恐るシーツをめくり、自分の素肌を見下ろす。
胸元から鎖骨、太ももの付け根のあちこちに、赤紫色の鮮やかな痕――紛れもない、男の歯型と、深く吸い上げられたキスマーク――が点々と刻みつけられていた。
その瞬間、昨夜の記憶の断片が、脳内に濁流となってフラッシュバックした。

『俺が、証明してあげます。そのひねくれた警戒心、全部溶かしてあげる』

『力を抜いて、俺だけを見て』

何度も何度も貪るように奥を突かれたこと。
最初はトゲを剥き出しにして抵抗していたのに、最後には律の大きな体躯にしがみつき、涙を流しながら

「もっと、奥……っ」

と自分から腰をおねだりしてしまったこと――。

「な、なになになに、何やってんだ俺は――!?」

湊はシーツを頭から被り、ベッドの中で声にならない悲鳴を上げた。
顔から火が出るどころか、全身の毛穴から血が吹き出しそうなほどの羞恥心が押し寄せる。
バカだ。大バカだ。
あれほど「二度と都合のいい関係にはならない」「本気になって傷つくのは御免だ」と心に誓い、鉄壁のバリアを張っていたはずなのに。
年下の、あのチャラチャラした生意気な後輩に、指先一本から奥の奥まで徹底的に開発され、あっさりと心も身体も開け渡してしまった。
過去の元カレに言われた『お前って付き合っても全然可愛くないし、セフレで十分』という呪いの言葉が、耳の奥で最悪のタイミングでフラッシュバックする。
(……高瀬だって、目が覚めたら『昨晩はすいません、お互い大人ですし忘れてください』とか言うに決まってる。あいつはモテるんだ。俺みたいな可愛げのない男、一晩の娯楽でしかないに決まってる。そんなの……またあの絶望を味わうなんて、絶対に耐えられない……!)
傷つきたくないという防衛本能が、湊の脳内で最大風速の「ツン」を叩き出した。
相手に主導権を握られ、哀れみの目を向けられる前に、自分から「大したことじゃない」と突き放して逃げるしかない。
それが、今の湊に残された唯一のプライドの守り方だった。
湊は軋む身体に鞭を打ち、ベッドから這い出た。浴室へ駆け込み、律の痕跡を洗い流すようにシャワーを浴びる。
鏡に映る自分の身体の、あまりの変わり果てた(愛されすぎた)姿に再び発狂しそうになりながらも、大急ぎでいつものカチッとしたスーツを着込んだ。

「ん……あ、湊さん……おはよ、うございます……」

ちょうどリビングのベッドから起き上がってきた律が、目をこすりながら眠そうな声をあげた。
湊の大きめのスウェットを着た律は、髪がくしゃくしゃで、まるで大型犬のような無防備さだ。
一瞬、そのあまりの愛らしさに胸が締め付けられそうになったが、湊は慌てて心に冷徹な「先輩」の仮面を貼り付けた。

「起きたか。起きたならさっさと自分の服に着替えて帰れ。ここは私の家だ」

「え……? 湊さん、もう仕事行くんですか……?」

「そうだ。それから、昨日のことだけどな」

湊は腕を組み、冷ややかな視線で律を見下ろして、一気にまくしたてた。

「お互い酒が入ってたんだ。ただの事故だし、大人の割り切りってことで、綺麗さっぱり忘れてくれ。会社でも一切引きずるな。
昨日のことはなかった。いいな? じゃ、私は先に行くから。鍵は閉めてポストに入れとけよ」

一言の反論も許さないスピードで言い放ち、湊は律の返事を聞くこともなく、逃げるように玄関のドアを飛び出した。
バタン、と激しい音を立ててドアが閉まる。
マンションのエレベーターに飛び込んだ瞬間、湊は壁に背中を預け、はぁはぁと激しい呼吸を繰り返した。
心臓がバクバクと、痛いほどに警鐘を鳴らしている。

「……よし。これでいい。これで、いつも通りの先輩と後輩だ。俺は、傷ついてない……」

自分にそう言い聞かせながら、湊は真っ赤に熟れたリンゴのようになった顔をマフラーに深く埋め、駅へと全力で足早に歩き出した。身体の奥の、妙な疼きと痛みを必死に無視しながら。