居酒屋での喧騒は、湊にとって苦痛でしかなかった。
お酒に弱い湊は、周囲のペースに合わせることもできず、ただ律が注文してくれたノンアルコールのカクテルをちびちびと口に運ぶ。
だが、そんな湊の様子を、律は片時も目を離さずに見守っていた。
他の社員からお酒を勧められそうになると、自然な動作で割り込んで自分が代わりに杯を干す。
その完璧すぎるスマートさが、かえって湊の心をざわつかせた。
「高瀬くんって本当に気が利くよね。阿久津さん、こんな有能な後輩がいて羨ましい!」
同僚の女性社員が赤くなった顔で律を褒めちぎる。律は
「いや、阿久津先輩の指導が良いからですよ」
と、また澄んだ目で湊を見て微笑むのだ。
(嘘つきめ。誰にでもそうやって良い顔をして……)胸の奥がドロドロとした不快感で満たされていく。
お酒は入っていないはずなのに、律の端正な横顔を見つめているだけで、頭の芯が妙に熱くなっていくのが分かった。
宴が終わり、解散となったのは深夜一時を回った頃だった。
夜風に当たった途端、それまで緊張していた糸が切れたのか、湊の足元が急激にふらついた。
アルコールはほとんど入っていないはずなのに、極度の疲労と、律の存在による精神的なキャパオーバーが原因だった。
「おっと。危ないですよ、先輩」
視界がぐらりと傾いた瞬間、がっしりとした太い腕が、湊の細い腰を後ろから抱きすくめるようにして支えた。
衣服の上からでも伝わる、律の圧倒的な体温と、男らしい胸板の厚み。
「……は、なせ。大丈夫だ」
「大丈夫なわけないでしょ。完全に足がもつれてる」
律の声のトーンが、居酒屋での爽やかなトーンから、一段低い、有無を言わせない響きへと変わった。
湊が抵抗する間もなく、律は湊の腕を自分の首に回させると、半ば抱き抱えるような形で歩き始めた。
会社のすぐ近くにある湊のマンションまで、静まり返った夜の帳を2人の足音が刻んでいく。
「……高瀬、もういい。ここで下ろせ。ここからは一人で帰れる」
マンションのエントランスに入ってもなお、腰に回された律の手は緩まない。
エレベーターの鏡に映る2人の姿は、どう見ても「ただの先輩と後輩」の距離感ではなかった。
「送るって言ったんですから、玄関までちゃんと見届けますよ。先輩はすぐ無理するから」
「無理なんかしてない……! お前、本当に図々しいぞ」
ツンツンと言葉を尖らせることでしか、湊は自分の心臓の爆音を隠すことができなかった。
エレベーターが目的の階に到着し、電子ロックを解除してドアを開ける。
「よし、着いたぞ。これで満足だろ。さっさと帰れ、終電逃したならタクシーを拾え」
湊は冷たく言い放ち、ドアを閉めようとした。
しかし、その隙間に、律の大きな革靴がスッと挟み込まれた。
「えー、冷たいなぁ。ここまで送ったんですから、せめて水の一杯くらい飲ませてくださいよ」
「嫌だ! 帰れ!」
「やです。俺、床でいいんで泊めてください。タクシー代もったいないし」
「はあ!? 部屋に入れるわけないだろ! どこでも好きなところに泊まりに行け!
行きずりの女の家でもどこでも行って盛ってりゃいいだろ!」
湊は顔を真っ赤にして律の胸を突き飛ばした。
お酒のせいではない。
決して、律の顔が至近距離にあって、その熱い吐息が耳元にかかって心臓が跳ねたからではない。
だが、湊が突き放そうとしたその手を、律は逃さず、驚くほど強固な力で握りしめた。
そのまま湊の身体を室内の壁へと押し込み、背後で激しい音を立ててドアが閉まる。
鍵がカチャリ、と自動でロックされる音が、2人きりの密室に重く響き渡った。漢字
お酒に弱い湊は、周囲のペースに合わせることもできず、ただ律が注文してくれたノンアルコールのカクテルをちびちびと口に運ぶ。
だが、そんな湊の様子を、律は片時も目を離さずに見守っていた。
他の社員からお酒を勧められそうになると、自然な動作で割り込んで自分が代わりに杯を干す。
その完璧すぎるスマートさが、かえって湊の心をざわつかせた。
「高瀬くんって本当に気が利くよね。阿久津さん、こんな有能な後輩がいて羨ましい!」
同僚の女性社員が赤くなった顔で律を褒めちぎる。律は
「いや、阿久津先輩の指導が良いからですよ」
と、また澄んだ目で湊を見て微笑むのだ。
(嘘つきめ。誰にでもそうやって良い顔をして……)胸の奥がドロドロとした不快感で満たされていく。
お酒は入っていないはずなのに、律の端正な横顔を見つめているだけで、頭の芯が妙に熱くなっていくのが分かった。
宴が終わり、解散となったのは深夜一時を回った頃だった。
夜風に当たった途端、それまで緊張していた糸が切れたのか、湊の足元が急激にふらついた。
アルコールはほとんど入っていないはずなのに、極度の疲労と、律の存在による精神的なキャパオーバーが原因だった。
「おっと。危ないですよ、先輩」
視界がぐらりと傾いた瞬間、がっしりとした太い腕が、湊の細い腰を後ろから抱きすくめるようにして支えた。
衣服の上からでも伝わる、律の圧倒的な体温と、男らしい胸板の厚み。
「……は、なせ。大丈夫だ」
「大丈夫なわけないでしょ。完全に足がもつれてる」
律の声のトーンが、居酒屋での爽やかなトーンから、一段低い、有無を言わせない響きへと変わった。
湊が抵抗する間もなく、律は湊の腕を自分の首に回させると、半ば抱き抱えるような形で歩き始めた。
会社のすぐ近くにある湊のマンションまで、静まり返った夜の帳を2人の足音が刻んでいく。
「……高瀬、もういい。ここで下ろせ。ここからは一人で帰れる」
マンションのエントランスに入ってもなお、腰に回された律の手は緩まない。
エレベーターの鏡に映る2人の姿は、どう見ても「ただの先輩と後輩」の距離感ではなかった。
「送るって言ったんですから、玄関までちゃんと見届けますよ。先輩はすぐ無理するから」
「無理なんかしてない……! お前、本当に図々しいぞ」
ツンツンと言葉を尖らせることでしか、湊は自分の心臓の爆音を隠すことができなかった。
エレベーターが目的の階に到着し、電子ロックを解除してドアを開ける。
「よし、着いたぞ。これで満足だろ。さっさと帰れ、終電逃したならタクシーを拾え」
湊は冷たく言い放ち、ドアを閉めようとした。
しかし、その隙間に、律の大きな革靴がスッと挟み込まれた。
「えー、冷たいなぁ。ここまで送ったんですから、せめて水の一杯くらい飲ませてくださいよ」
「嫌だ! 帰れ!」
「やです。俺、床でいいんで泊めてください。タクシー代もったいないし」
「はあ!? 部屋に入れるわけないだろ! どこでも好きなところに泊まりに行け!
行きずりの女の家でもどこでも行って盛ってりゃいいだろ!」
湊は顔を真っ赤にして律の胸を突き飛ばした。
お酒のせいではない。
決して、律の顔が至近距離にあって、その熱い吐息が耳元にかかって心臓が跳ねたからではない。
だが、湊が突き放そうとしたその手を、律は逃さず、驚くほど強固な力で握りしめた。
そのまま湊の身体を室内の壁へと押し込み、背後で激しい音を立ててドアが閉まる。
鍵がカチャリ、と自動でロックされる音が、2人きりの密室に重く響き渡った。漢字
