氷の花嫁は愛を知らない

 ただ、自分がそこへ行く理由を考えたことがない。


「でもね」


 冬乃は小さく言葉を続ける。


「伊織の話を聞くのは、嫌いじゃない」


 一瞬、塀の向こう側が静かになった。

 白夜がわずかに眉をひそめる。

 やがて伊織は、困ったように笑った。


「……それは光栄ですね」


 その声は、どこか柔らかかった。


「……やはり、ここに閉じ込められているのは可哀想だ」

「ごめんなさい、よく聞こえなかった」

「あ、いや、こちらの話ですから。気にしないでください」


 ニッコリとした笑みを顔に貼り付け、冬乃に笑いかける。

 白夜がぞわりとしたものを感じ、口を開いたとき、ふと、伊織は本邸の方へ視線を向ける。

 天宮家の当主がいる屋敷の中が、妙に慌ただしい。

 普段より多い人の気配に結界に触れる霊力の流れ。
 そして、張り詰めた空気。


「……そろそろ、お客様が来る時間ですね」

「伊織はお客様が誰か知ってるの?」


 冬乃がぽつりと呟く。


「ええ。九条(くじょう)家の方だとか」

「ふーん」


 九条家とは名門陰陽師の家名なのだか、冬乃はそれ以上興味を示さなかった。