氷の花嫁は愛を知らない

 けれど冬乃は、小さく首を横に振った。


「ううん。今やらなかったら、冬の主様がお怒りになってしまうかもしれないから」


 その言葉には、巫女としての確かな責務が滲んでいる。

 冬の主様──冬の神へ捧げる祈りを止めるわけにはいかない。

 もし均衡(きんこう)が崩れれば、この土地の雪は荒れ、吹雪は人を殺す。

 だから冬乃は、この役目だけは手放さなかった。

 白夜は険しい顔のまま障子の外を睨む。


「妙な気配が増えている」

「妖魔なの?」


 しずくが不安そうに呟く。


「ああ。しかもかなりの数だ」


 その時だった。

 遠く、本邸の方からざわめきが聞こえる。

 人の足音に張り詰めた声。

 そして一瞬遅れて、耳をつんざくような鋭い悲鳴が夜へ響いた。

 しずくが息を呑む。


「っ……!」


 白夜が舌打ちする。


「正門側か……」


 離れからは遠いが、結界が破られた以上、安心はできなかった。

 濁った妖気が、ゆっくりと屋敷の中へ広がっていくのが分かる。