氷の花嫁は愛を知らない

 しずくがびくりと肩を揺らす。


「……いまの、なに?」


 白夜の表情が鋭くなる。


「結界だ。しかしなぜ結界が……? 今日あやつが点検したのではなかったのか?」


 低い声が部屋へ落ちた。

 冬乃は静かに目を伏せる。

 空気が、いつもと違う。
 普段なら屋敷を覆う結界によって遮断されるはずの妖気が、微かに内側へ入り込んでいた。


「主様、お務めを中断なさいますか?」


 ゆきが心配そうに尋ねる。

 けれど冬乃は、小さく首を横に振った。


「ううん、続ける。今やらなかったら、冬の主様がお怒りになってしまうかもしれないから」


 その言葉には、巫女としての確かな責務が滲んでいる。

 冬の主様──冬の神へ捧げる祈りを止めるわけにはいかない。

 もし巫女としての役目をおろそかにしてしまったら、この土地の雪は荒れ、吹雪は人を殺す。

 だから冬乃は、この役目だけは手放さなかった。

 白夜は険しい顔のまま障子の外を睨む。


「妙な気配が増えている」

「妖魔なの?」


 しずくが不安そうに呟く。


「ああ。しかもかなりの数だ」


 遠くの、本邸の方からざわめきが聞こえる。