ひとりぼっちのヒーローと、星になった宇宙人

 家に戻ってから、和葉を追いかけなかったことを激しく後悔した。
 たとえ、這ってでも、めげずにいたら、言葉のひとつくらい届いたかもしれない。
 なのに、わたしはそれをしなかった。 
 
 負の感情に胸が押しつぶされそうになっていると、

「封筒……? なんで、ポストに」

 表紙に書かれたせなちゃんへという文字を見て、ハッとした。
 
 まさか、流星が。

 思い出したのは、遺書が置いてあったという和葉の言葉。
 だとしたら、これは一体、いつから入れてあったんだろう。
 家を出る時、もっと早くに気が付けたんじゃないのか。

 悔しさに、思わず、封筒をしわくちゃにしてしまいそうだった。

 わたしは、すぐに封筒を開けられなかった。
 何が書いてあるのか、想像がつかなくて怖かった。
 いっそ、未開封のまま燃やしてしまおうかとすら思った。

 ——僕ね、もうすぐ宇宙に還るんだ。

 あの夜、流星は言っていた。
 てっきり、彼がふざけて言っているんだと思っていた。
 けれど、今になってみれば、あの時点で、流星はもう……。

 ここ数日の彼を思い出してみれば、時折、物憂げな表情をする時があった。
 不自然な彼の言動が、今になって結びついたように思う。

 あの日、ケガをしていた彼に、ちゃんとわけを聞けていたら。
 告白の返事も、ごめんだけじゃなくて、何か違う言葉をかけられていたら。

 こんな未来には、ならなかったかもしれない。

 ヒーローは、誰かを守るだけじゃない。
 昔、結星の言っていたことが、今ならわかる。

 わたしに欠けていたのは、人の気持ちに寄り添うこと。
 
 一方的に守るだけじゃダメだった。
 それじゃ単なる、エゴの押し付けだ。
 そんなのを正義だなんて言わない。

 わたしは、また間違いを犯したんだ。

「ヒーローだって、たまには間違えるさ」

 その時、誰かの声が聞こえた気がして。
 わたしは布団の中で、つむっていた目を開ける。

 すると、次の瞬間、暗闇に包まれていた視界が開けて、目の前に海が広がった。

 あれ、わたし、なんで。さっきまで部屋にいたのに。

「俺は、困った時のお助け役のグリーンなんだろ?」

 まさか、そんなわけはないと思った。

 都合の良い夢でも構わない。
 ほんの少しの間だけでいいから。

 神様、どうか、奇跡を起こしてください。
 
「結、星……」
「久しぶりの登場って感じかな。なんだか、すっかりお姉さんになっちゃったね、せな。あ、でも、身長は俺の方が勝ってるか」

 おどけたような笑みを浮かべ、上から覗きこんでくる。

「会いたかった!」
 思わず、こぼれた本音。

 久しぶりなんて言葉じゃ足りなさ過ぎる。
 彼がいなくなってから、わたしの心は、ずっと深い海の底に沈んでいた。

「ごめんね、せな。君に全部、背負わせて」
「謝るくらいなら、勝手にいなくならないでよっ」

 ごめんと言いながら、わたしの肩を支えてくれる結星。
 彼は中学生の時の姿のままで、わたしだけ成長しているから、ちょっと変な感じがした。

「ねぇ、結星。あの時、結星は、自分のこと、かっこ悪いヒーローだって言ったけど、これっぽっちも、かっこ悪くなんてなかったよ」

 ようやく気が付いた。
 本物のヒーローは、結星みたいな人のことを言うのだと。

「でも、わたしはヒーローになれなかった」

 わたしには、もう何も残っていない。
 あの日、二人が見せてくれた輝きも、温かい居場所も。

「それでも、せなはヒーローでいていいんだよ」

思わず、顔を上げた。
 
「だって、俺達は仲間なんだから」

 月明かりの中で、結星は柔らく微笑む。
 波風に吹かれて、癖っ毛な前髪が揺れた。

「きっと完璧なヒーローなんていないよ。どんなに強いヒーローも、中身は人間なんだし、時には間違える。だけど、そこで終わりじゃない」

 でも、もうヒーローズは……。

「また、やり直せばいい。たとえ、どんな困難が待っていたって、何度も挑戦していれば、きっといつか出口が見つかるはず。だから、もっと自分を、和葉を信じてあげてよ」

 幼い頃、わたしは人間不信だった。
 おばあちゃん以外の誰にも自分から歩み寄ろうとしなかった。

 でも、あの日、わたしは和葉に誘われて、ヒーローズに入った。

 そして、それは二人のことを信じてみようと思ったから。

 端から見たら、ただのごっこ遊びだったかもしれないけれど。
 ヒーローという存在が、わたし達を巡り合わせてくれた。
 
 まるで、深海のように暗かったわたしの世界に、光をくれたんだ。
 
「どこにいたって、俺達ヒーローズの絆は永遠さ」

 思わず、頬が緩む。
 ふと足元を見れば、海面に映る彼の影が薄れて、曖昧になっていた。

 タイムリミットが迫っているのかもしれない。

「ねぇ、結星。やっぱり、わたしが好きなのは結星だよ」
「どうしたんだい、突然。せならしくないじゃないか」
「ほら、今まで、わたしからちゃんと好きって伝えたことなかったなって。ていうか、わたしらしくないって。それは、ちょっと失礼じゃない?」
「ごめんごめん。まぁ、でも、その場の成りと勢いで、付き合ったみたいなものだったしね。俺も、まさか、オッケーもらえるとは思ってなかったよ」

 元はといえば、わたしと結星が付き合ってる、なんて噂が広まったのが発端だった。それも、ただいつも一緒にいるからという理由で。

 そしたら、逆に開き直って、「試しに付き合ってみる?」なんて、結星が言い出したのだ。

「最後くらい、恋人らしいことしとく?」

 彼がわたしに聞いた。

「手すら繋いだことなかったもんね」
「じゃあ、何がいい? せなが決めていいよ」
「そうは言われても。答えるの、なんか恥ずかしいんですけど」

 それならと、彼は近付いてきて、わたしの顎をくいっと持ち上げた。

 もしかして、キスされる……?

 思わず、ドキドキして、目を瞑る。
 けれど、いつまで待っても、何も起きなかった。

 あれ?

 ふふっという笑い声。

 目をあけると、そこにいたのは、イタズラ好きな少年だった。

 久々に見た、彼らしくない、どこかあどけない表情。

「キス、されると思った?」
「別に……。どうせ、そんなことだろうと思ってましたよ」
「からかって、悪かったって。でも、せなの照れた顔、俺、初めて見たかも。ひょっとして、激レアじゃない?」
「わたしはクルーなブルーだから、照れたりしない」

 本当は、ちょっとだけ期待した。
 さっきまで、そういうムードだったから。

「愛してるよ、せな」

 ぐいっと肩を抱き寄せられる。
 不意を打たれたわたしは、すっぽりと結星の胸の中に収まった。

「わたしも。愛してるよ、結星」

 やっと伝えられた愛の言葉。
 今なら、はっきりと言える。

 迷いが晴れた気がした。

 完璧なヒーローなんていない。
 生きていれば、誰だって、間違いを犯すことはあるのだと。
 彼が教えてくれた。

 だったら今、わたしがやるべきことは――