ひとりぼっちのヒーローと、星になった宇宙人

 ろくに眠れないまま、布団にくるまっていたら、救急車のサイレンの音が聞こえた。

 こんな朝早くに事故でもあったんだろうか。

 カーテンをわずかに開け、窓の外を見てみる。 

 赤のランプは、海の方角へ向かっていた。

 寝間着にパーカーを羽織り、救急車の後を追いかける。

 別に野次馬をしに行くんじゃない。
 ただの考えすぎかもしれない。

 けれど、忍び寄る影は、大きくなっていくばかりで。
 息が切れるまで走って、たどり着いた先は海岸。

 普段は静かな朝方の海が、住民達の喧騒に包まれていた。
 どうやら、誰かが海に流されたらしい。
 
「うっ……」 

 めまいがして、額をおさえた。
 結星の時の記憶が、目の前の光景に重なる。
 これじゃ、まるで、デジャヴじゃないか。

「流星!」

 ……え? 

 聞き覚えのある名前と声に、引き返しかけていた体を反転させる。

 そして、見つけた。
 人混みの中にまぎれた、ポニーテールの少女の後ろ姿を

 なんで、和葉が、ここに……?

 困惑していると、救助隊の人に担がれて、海から誰かが引き上げられた。

「いやっ……いやぁぁぁぁぁ!」

 悲鳴が鼓膜を突き破る。
 それが和葉のものだと気付いたのは、数秒の時差があってから。
 けれど、先に目に入ってきた光景が強烈すぎた。

 長い手足に、ひょろひょろな体。
 背格好だけで、引き上げられたのが流星だと、わかってしまった。
 しかも、その顔は酷く血の気を失っている。

 救助隊の人達が、AEDや心肺蘇生の指示を出していた。

 目の前が、グラグラする。
 まるで、夏の陽炎を見ているみたい。

 懸命な処置も虚しく、流星の意識は戻らないまま、時間だけが経過していく。
 どれくらい経ったかはわからない。
 やがて、心臓マッサージを続けていた救助隊の一人が、首を横に振った。

 和葉に何か言っている。
 そして、彼女は両手で顔を覆い、その場に泣き崩れた。

 その様子を見たら、嫌が応でも理解してしまう。
 流星は、助からなかったんだって。
 その後、流星は、ストレッチャーで運ばれていった。
 もう息もしていないのだろうけれど。

 騒ぎが収束し、人混みが散っていく。
 もぬけの殻のようになった和葉と、不意に目が合った。
 
「あ……」

 和葉の顔に浮かんでいたのは、絶望一色。
 
 なだめるなり、問いただすなり、選択肢はいくらでもあった。
 けれど、その中で、わたしが選んだのは沈黙を突き通すこと。

「……弟だったの」
「え?」
「自殺だったんだってさ」

 自殺。
 不吉な単語に、胸がひしめく。
 
「流星ね、最近、夜になると、ふらっと家を出ていって、誰かに会いに行ってるみたいだった」
 
 茫然自失とするわたしに和葉は言う。

「ねぇ、せな。あたし、思うの。流星が会いに行ってた相手って、もしかして、せななんじゃない?」

 どうして。

 頭の中が、まるで疑問符だらけだった。
 けれど、和葉は、それだけですべてを察したように、

「今朝、起きたらね、流星の遺書が置いてあったの。そしたら、それにせなの名前が書いてあった」
「なんで……」
「わかんない、あたしにわかるわけないでしょ」

 和葉の言い方は、投げやりだった。
 そして、とうとう、それが爆発して、
 
「そんなの、あたしが聞きたいよ! なんで、流星が!」

 まぶたを赤く腫らし、わたしのパーカーの裾にしがみつく。
 ぐっと指先に込められた力が、強くて痛かった。

「あたしは、ヒーロー失格だ……なろうなんて思わなきゃよかった!」
「それは違う……失格だなんてことないよ」
「だって、死んじゃったじゃん! 流星も結星も! あたしは、ヒーローズのリーダーなのに、誰ひとりとして救えなかった!」
「そんなことない!」

 たまらず、和葉の肩を両手で掴む。
 
「少なくとも、わたしはちゃんと救われた! あの時、和葉がヒーローズに誘ってくれたから、わたしはひとりじゃなくなった! 和葉が、わたしの居場所を作ってくれたんだよ!」

 こんなに声を張り上げたことなんてなくて、喉が痛んだ。 

「でも、もう二人は戻ってこないじゃん!」

 けれど、わたしの声は和葉に届かない。

 手を振り払われた反動でよろめいて、地面に尻もちをついた。
 
「待って、和葉っ……」

 離れていく大きなポニーテールに手を伸ばす。
 けれど、彼女はもうわたしを見向きもしない。
 足元の砂には、彼女の涙の跡が残っていた。
 まるで、そこだけ数滴の雨が降ったみたいに。