ひとりぼっちのヒーローと、星になった宇宙人

 二度寝を通り越し、三度目の眠りから覚めた時、時刻は夜八時だった。
 朝から何も食べていないというのに、食欲は皆無。
 こんな不規則な生活を続けていたら、いずれ病気になりそうだ。

 それとも、いっそ、体を壊して死んだ方が楽だろうか。
 ああ、でも、それじゃおばあちゃんは悲しむかな。

 人は死んだら星になるのだと。
 小さい頃、絵本で読んだことがある。

 けれど、それはしょせん、絵本の世界の話で。
 現実は、そんなおとぎ話の欠片もない。
 
 人の死の先にあるものなんて、きっと悲しみだけだ。
 
 あの日、結星のとった選択は、確かに勇気あるものだった。
 実際、彼の行動を褒め称え、涙ながらに感謝する人達だっていた。
 
 でも、わたしは、どうしても思ってしまうんだよ。
 やっぱり、君にも生きていてほしかったって。

 夜の砂浜は、波の音がよく響く。
 月明かりに照らされた海は、どこか幻想的で。
 綺麗なのに、切なさがこみあげる。

 少し歩いていくと、大きめの岩があった。
 その岩は、星見岩(ほしみいわ)と呼ばれていて、人が座れる形をしている。
 小さい頃、よく休憩するのに使っていた。
 なにせ、和葉の遊びに付き合っていては、すぐに疲れてしまう。
 三人の中で、わたしは一番体力がなかったから。

「流星?」

 思わず、足を止めた。

 岩陰に座っていた彼が、顔を上げる。

「って、どうしたの、そのケガ!?」
「ああ、せなちゃん……情けないところ、見られちゃったね」

 力なく返事をする彼。

「こんなの、全然、ケガってほどじゃないよ」
「ちょっと見せて」
「えっ」
 
 彼の頬に触れる。
 濡れたまぶたは、ほんのり赤くなっていた。

「誰に殴られたの……?」

 わたしが問いただすと、彼はそれには答えず、

「僕が悪いんだ。生意気なこと言って、怒らせちゃったから」

 膝を抱えてうずくまる。

これ以上、踏みこむのはやめよう。
 流星を余計に傷付けてしまうかもしれない。
 直感的にそう思った。けれど、本当は彼に嫌われたくなかったのかもしれない。

「心配してくれて、ありがとう。せなちゃんは優しい人だね」
「そんなことないよ」

 小さな針が胸を刺す。

 わたしは優しいという言葉が好きじゃない。
 だって、そんな使い勝手の良い言葉は、誰にでも言える。

「ただ、正しいことをしたいだけ」

 嫌われ者のわたしでも、ヒーローになれるんだって、あの頃は本気で思っていたから。

* * *

 うんと小さい頃、わたしの両親は離婚した。
 どちらの顔も名前も、もうほとんど覚えていない。

 唯一、記憶にあるのは、仕事に出かけたっきり、帰ってこなかった父親の背中と、夜な夜な聞こえてくる母親の泣き声。二人の間に何があったのか、詳しいことは知らない。知ろうとも思わない。けれど、あの日以来、母親は、まるで人相が変わったようだった。

「お父さんがいなくなったのは、あんたのせい」

 よく母親が口にしていた。
 実際、その通りだと思った。わたしは昔から表情に乏しく、あまり笑わない子だったから。親からすれば、無愛想に見えていたかもしれない。
 
 父親が家を出ていってから、母親は酒に溺れた。
 一日中、ほとんど外に出ることもない、堕落的な生活。
 手を上げられたことはなかったけれど、理由もなく怒鳴られたり、酷い時は、空の酒瓶を振りかざされ、ケガをしそうになった。

 そんな母親が亡くなったのは、父親がいなくなって、わずか一年後。
 死因は、急性アルコール中毒だった。
 
 その後、わたしの親権を巡って、一悶着あったらしい。
 色々、複雑な事情があったのだろう。

「せなちゃん、これからは、おばあちゃんと一緒に暮らそうねぇ」

 最終的に、私を引き取ってくれたのは、おばあちゃんだった。
 
 おじいちゃんに早くに先立たれて以来、おばあちゃんは港町にある古い家で、ずっと一人で住んでいた。厄介払いも同然なわたしを、おばあちゃんは快く迎え入れてくれた。
 
 ここは田舎だから、こんな物しかないけれど、と、お手玉や花札を教えてくれたおばあちゃん。足腰が弱る前は、よく一緒に海に行って、日が暮れるまで砂遊びや貝殻集めをした。

おばあちゃんと暮らし始めて、やっと、わたしは家族の愛を知った。

小学校に入学すると、わたしは上手く周りに馴染めなかった。

「笑わない子」、「都会生まれだから、田舎者の自分達を見下している」、なんて、クラスメイトに後ろ指を差されたり、酷い時は石を投げられた。それで、ある日、おばあちゃんに、腕のケガを見られて、誰かとケンカしたのかと聞かれた。ちょっと転んだだけだと、その時は誤魔化した。

 次の日から、わたしはパーカーを着て、学校に行くようになった。
 理由は、いじめの傷を隠すため。
 教室の中にいようが、暑い日だろうが関係なかった。 
 クラスメイトには、余計、気味悪がられたけれど。
 
 小学三年生の時。
 学校の階段で、突然、後ろから背中を押された。
 ふざけた男子が、わざとぶつかってきたのだ。

 とっさに手すりに捕まったので、大事には至らなかった。
 ほんのちょっと、手にかすり傷を負ったくらい。

「ぼうっとしてた奴が悪い」、「お前がいると邪魔」とか、散々、暴言を投げつけられたけれど、言い返す気にもならなかった。というか、諦めていた。

「ちょっと、あんたたち!」

 でも、その時、いきなりポニーテールの女の子が出てきて、わたしの前に立ちはだかった。その女の子こそが和葉だ。

「弱い者いじめは、正義の味方が許さないんだからね!」

 啖呵を切った和葉に、男子達は、「正義の味方?」、「ヒーローごっこかよ」とか言って、ゲラゲラ笑っていた。けれど、和葉も、「ヒーローはいつだって、正しいことをするのだ」と、負けじと食い下がっていた。

「先生! こっちです、来てください!」

 そしたら、今度は男の子が先生を連れてやってきた。茶色っぽい髪の、落ち着いた雰囲気の男の子。それが結星だった。

 その後、わたしにちょっかいをかけてきた男子達は叱られ、保護者にも連絡がいった。
 学校側は、この件について、おばあちゃんに謝罪していた。
 今後、一切、こんなことが起きないように、生徒を指導するとも。

 おばあちゃんは、わたしを酷く心配していた。
 それで、どうにか、安心させたくて、助けてくれた和葉と結星の話をした。
 そしたら、おばあちゃんは、びっくりしたような顔をした後に、優しく笑った。
 というのも、和葉と結星は、近所じゃ有名なコンビだったらしい。
 わたしは全く知らなかったけれど、二人は、ヒーローズという名のもと、困っている人の手助けをしているのだとか。ちびっこヒーローなんて呼ばれ方もしていて、感謝している大人も多いのだと。

それを聞いて、わたしにはまるで無縁の話だと思った。だって、わたしは人を不幸にさせてばかりの人間だから。ヒーローになんて、なれやしない。その時は、そう思っていた。

 次の日から、いじめはぴたりとなくなった。
 まるで、嵐が過ぎ去った後のように。
 誰もわたしに興味なんてなさそうだった。

これで、やっと穏やかな時間が過ごせる。
そう思ったのも、ほんの束の間。

「ねぇ、あたし達と一緒にヒーローやらない?」

 休み時間、教室に一人でいたら、和葉に声をかけられた。

 返事に困ったわたしが固まっていたら、

「ちゃんと説明しなきゃダメだよ、和葉。いきなり話しかけたら、誰だって、びっくりしちゃうでしょ」

 後ろから結星が顔を出した。
 
「……無理だよ、わたしには」

 わたしは頑なに首を横に振った。

「そんなの、やってみなくちゃわからないじゃん」
「まぁまぁ。せめて、おれ達の話だけでも聞いてほしいな」

 二人は、ヒーローズのメンバーを探していた。
 ずっと和葉と結星の二人でやってきたけれど、やっぱり、それでは少ないし、なにより中途半端だという理由で。

「あ、でも、リーダーのレッドは、このあたしだからね。後、結星は、困った時のお助け役のグリーン」
「困った時のお助け役って……もうちょっと、イケてる名前の役がいいんだけど」
「じゃあ、あたしの右腕」
「おれはお前の下僕(しもべ)か」

 ヒーローというより、ボケとツッコミ。
 
 聞けば、二人は幼稚園からの幼馴染らしい。
 どうりで、コンビネーションが良いはずだ。

「きみが入ってくれたら、色はブルーかな」
「あたしも思った! ブルーは無口だけど、クールでかっこいいイメージあるし!」

 クールでかっこいい。
 そんなふうに言われたのは、初めてだった。
 それまでずっと無表情で何を考えているのかわからないと、マイナスなイメージしか持たれなかったのに。

「……なれるの? わたしなんかが、ヒーローに」
「わたしなんかじゃなくて、おれ達は、きみだから誘ったんだよ」

 そう言って笑った二人の顔は、今でもよく覚えてる。
 そして、この日、わたしはヒーローになった。
 
* * *

「せなちゃんは、幽霊っていると思う?」
「んー、どうかな。でも、いたら良いなとは思うよ」

 そしたら、おばあちゃんや結星にも会えるかな。

「いたら良いって、怖くないの?」
「悪霊は嫌だけどね。幽霊だって、別に怖がられたくて、出てきてるわけじゃないかもしれないし」

 なんて、とりとめもない話。
 そういえば、和葉もお化けとか苦手だったな。
 
「流星の後ろにもいるかもしれないね」
「や、やめてよ」

 ひっと流星の顔が引きつる。
 宇宙人なのに幽霊は怖いんだ。

「それに僕は、死んだら、幽霊じゃなくて、星になりたいかな」

 ふと波間にこぼれたつぶやき。
 理由を聞こうとしたら、彼のお腹の虫が鳴った。

「あっ」
「お腹、空いてるの?」
「実は夕飯、食べ損なっちゃって」

 面映そうに、ぽりぽりと頬をかく。

「なら、今からうち来る?」
「え?」

 すっとんきょうな声が上がる。
 心無しか、彼の顔が、ほんのちょっと赤らんでいて。
 
 あれ、わたし、なんかまずいこと言った?

「カレーがあるんだけどさ、一人じゃ消費しきれなくて」
「あ、ああ、そういうこと」

 なぜか、ほっとした様子で胸を抑える。
 流星の表情の理由が、わたしにはわからなかった。