ひとりぼっちのヒーローと、星になった宇宙人

「行かなきゃ」

 封筒ごと手紙をパーカーのポケットに入れ、玄関の戸を開ける。

 外は驚くほど静かだった。
 まるで、昨日、人が亡くなったなんて嘘みたいに。

 海を見るたび、思うことがあった。
 いっそ、わたしを呑みこんで、深海まで連れて行ってくれたらいいのにって。
 
 でも、あの日、流星に出会ってから。
 不思議と胸が軽くなって。
 死にたい気持ちが、だんだん薄れていった。

 宇宙人だろうと、作り話だろうと、何でもよかったよ。
 だって、君と話している間、わたしは寂しくなかったから。

「あった」

 バッジは、すぐに見つかった。
 岩の上で、銀青(ぎんせい)色に光る朝の星。 
 
「そこで、何してるの?」

 突如、降りかかってきた声に振り向く。
 そこには和葉が立っていた。
 けれど、その顔は酷く憔悴している。
 トレードマークのポニーテールなんて、ボサボサだった。

「それ、もしかして、せなの」

 虚ろげだった視線が、ふと、わたしの手に移る。

「ヒーローバッジ、まだ持ってたんだ」

 抑揚のない声に、わたしは答える。
 大事な物だから、と。

「そう……」

 和葉の返事は短く、そっけなかった。

「どうして、ここに?」
「朝のジョギング。別に、いつもやってることだから」

 吐き捨てるように言って、和葉は背中を向けた。

「待って、和葉」

 とても走っているようには見えない後ろ姿に呼びかける。
 依然、和葉は前を向いたまま。

 でも、わたしは伝えなきゃいけなかった。

 だって、彼女と向き合えるチャンスは、今しかないかもしれないから。

「好きだって言われた」

 その一言で、和葉は立ち止まった。

「……誰に?」
「流星に。でも、告白は断った」

 言葉を間違えれば、それこそ絶好されかねない。
 顔も見たくないくらい憎まれて、後悔することになるかもしれない。

 だけど、それでもいい。
 だって、これは、わたしの信じた正義だから。

「知らなかったの。流星が和葉の弟だったって」

 わたし達が会っていたのは、半月にも満たない、ほんの短い期間。
 けれど、感覚では、一夏ほどの時間を一緒に過ごしたように思う。
 
「ごめんね、和葉。流星のこと、傷付けて、ごめん」

 謝って、どうにかなる問題じゃないのは、わかってる。
 どれだけの贖罪をしようと、流星が戻ってくるわけじゃない。

「バカじゃないのっ!!」

 次の瞬間、耳元でパチンと大きな音がした。

「痛っ……」

 頬の皮膚がしびれる。
 どうやら、和葉にぶたれたらしい。

 とはいえ、覚悟の上だった。

「なんで、あんたが謝るのよ!?」
「え……」
「あんたは結星の彼女でしょ! ずっと結星を愛してたんでしょ! だったら、流星の告白を断って、当然じゃない!」

 てっきり、責められるのかと思っていた。
 いや、まぁ、責められてはいるのだけれど……。
 その方向性が、わたしの予想とずれていた。

「悪いのは、あたしよっ。あの時、流星を守ってあげられなかった」
「あの時……?」
「流星がお父さんと言い合いになって、家を飛び出していった日。あたし、気付いてた……流星が泣いてるの」

 和葉は膝をつき、顔を手で覆った。

「でも、お父さんだってね、流星を傷付けようとしたわけじゃない。確かに、ちょっと厳しいところはあるけどね……。本当は、学校の成績なんて気にしなくていいから、流星にいてほしかったんだって」
 
 和葉のお父さん、おじさんとは、小さい頃から何度も会っている。
 この町の漁師をしていて、初めて会った時は、気難しそうに見えたけれど、決して、冷たい人じゃなかった。時々、おばあちゃんと市場に出かけると、お店が忙しそうでも挨拶してくれたり、こっそりおまけを入れてくれていたりした。

 そんな人が、悪意を持って、酷いことを言うわけがない。
 きっと誤解だったんだ。

「もっと流星と話すべきだった。学校で何があったのか、問い詰めてでも聞けばよかった!」

 もし誰かが仲介に入っていたら、二人の間を取りなすきっかけがあったなら、和葉の言うように、未来は変わっていたのかもしれない。

 でも、それは彼女だけの責任じゃない。

「あたしはヒーローどころか、あの子のお姉ちゃんでいる資格もなかったんだよ」

 波間に落ちた悔恨(かいこん)

 静寂に包まれた砂浜に、鋭い音が響いた。

「いったい!」

 そして、和葉の短い悲鳴も。

「なによ、さっきのお返し……?」

 張られた頬を抑え、和葉はわたしを見上げる。

 目つきは挑発的だったけれど、瞳孔の奥には自嘲が浮かんでいた。

 わたしは片膝を付くようにしゃがむと、和葉の背中に手を回し、そっと抱きしめる。

 和葉は戸惑っていた。
 ぶったのに抱擁なんて。
 そりゃ誰だって、そういう反応になる。
 
「和葉は、優しいお姉ちゃんだよ。だから、そんなこと言わないで」

 一瞬にして、彼女の形相は崩れ去った。

 聞こえてくるのは、波の鼓動と、和葉の嗚咽だけ。

 何度もしゃくりあげる背中を、わたしはそっとさすった。

「結星が教えてくれたの。ヒーローだって、完璧じゃない。生きてれば、間違える時もあるんだって」

 ずっと正しい人でいたいと思っていた。
 けれど、現実は、いつだってそうはいかない。

 時に他人を傷付け、道を踏み外してしまう。
 たとえ、どんなにまっすぐ生きていても、必ずどこかで間違える。

 けれど、わたし達は、それぞれの過ちを背負って、ここにいる。
  
 本当の正義とは何なのか。
 はっきりした答えは、わからない。
 そもそも正解なんてないのかもしれない。

 でも、わたしの思うヒーローは。

 何度、くじけても。
 たとえ、完璧じゃなくても。

 自分が信じた選択をする。

「仲間がいれば、ヒーローは何度だって立ち上がれる。だから、失格だなんて言わないで。リーダーの和葉がいなきゃ、何も始まんないよ」

 あの日、和葉が差し伸べてくれた手。
 まさか、こんな形になるなんて思ってなかったけど。

 借りた恩くらいは、ちゃんと返すよ。