俺も、
仲間に入れてくんない?
ただ、
その一言だけで
俺たちの関係は、
加速して動き出す――
そんな、予感。
まるで、
置時計の乾電池を
変えた時みたいだ。
カチコチと
確実な時を刻み始める。
悠が
経過観察の入院を終え、
3日ぶりに帰ってくる。
仲間に入れてって
言ったのに、
付き添いは断られた俺。
なんでやねん。
『俺、ひたすら眠るから
お前の時間が勿体ないんだよ。
それが――嫌なんだ。』
まだ拗ねてる俺は、
実に、青い。
退院が今日なのに
やる気満々の若手マスター、
店を開けるつもりでいるらしい。
藤井先生いわく
――“学習しない困った子”
別れ際の最後の最後まで
「本当に頼んだよ。」って。
あの悠を、困った子って。
中学2年生だった悠。
きっとたくさん
手こずらせたんだろう。
クッ……
少し笑う。
戻ってきたら、
悠が、
初めて、
話してくれるらしい。
これからのことを。
そして――
俺が路上に通ってた
空白の5年間の悠のことを。
悠に会えるんじゃないかって
いや――、
あの日を回顧したくて、
帰り道、
路上に立ち寄るのが
いつの間にか
俺の日課となっていた。
会えるわけないんだ。
居るはずない。
分かってるけど、
そこに行けば
あの日笑い合った声が
聴こえてくる。
じゃれ合う俺たちが
そこに居る。
俺は、外側から
見つめるだけ。
それで充分になっていった。
そういえば、
声をかけてきた大人がいたな。
「――はい。」
突然、
絆創膏が差し出された。
「え?」
「口元、血が出てるよ。」
「――あ。」
手の甲で拭う。
「ほら、どうぞ?」
「ありがとうございます。」
受け取った絆創膏を
手探りで
痛む場所に貼り付ける。
「喧嘩でもしたのかな?」
グッと拳を握りしめる。
「まぁ……ちょっとムカついて。」
「そうか。」
穏やかな声。
何だか涙が出そうだ。
泣いちゃダメだ。
すっと前を見据える。
「……よく知らないくせに、
本人が居ない所で
好き勝手に揶揄する奴、
俺、嫌いなんすよ。」
前を向いたまま、
言葉がこぼれていく。
「うん。」
「気づいたら――
ぶん殴ってました。
大人ってこういう時
どうしてるんすか?」
説教されるかな。
こんな
後先考えない喧嘩、
バカだなって
思ってるだろうな。
「大人も同じだよ。
ムカついたら、
ボコボコにしたくなるよ。」
意外な言葉に驚く。
前を見つめる俺の目が
僅かに見開く。
「君と違うところは、
“大人”ってところだけさ。
そういう年月を
たくさん過ごして
耐性が出来てるだけの話だよ。
君は間違ってないし、
胸張っていいと思うよ。」
ポロッ……
目から雫が落ちる。
手で無造作に拭う。
「うん、泣くのも仕事だぞ。
我慢なんて要らない。
じゃ、またね。」
頭をポン!とやると
その大人は歩いていった。

―――――
病院のタクシー乗り場。
「悠くん、次会う時は、
僕がジジィになってる頃がいいなぁ。」
口の減らないオッサンだ。
「ふん――
ジジィに片足突っ込んでるくせに。」
「ハハハハ!」
「はぁ……じゃぁ、また。
オッサン、
――いつもサンキュな。」
「うん。気をつけてな。」
「あ!藤井先生ーーっ!
患者さんが待ってますよ!」
「おっと、ヤバい!じゃっ!」
手を振りながら
慌ただしくオッサンは
病院の中に走っていった。
その後ろ姿を見送る。
程なくして
タクシーがやって来る。
サッと乗り込むと
俺は、
慎の待つ店へと向かった。
「慎、何してるかな。」
流れる景色を眺める。
―――――
珈琲館のカウンターに立ち、
神妙な目つきの慎。
「右よーし。左よーし。」
指さし確認。
俺は今、
オープン準備をしている。
初めて任された
重大任務だ。
正直、誇らしい。
気のせいか、
今日のエプロン姿がキマッてる。
リュックから
Liuトートを出す。
これは、
この店で渡したかった。
アイツ、
どんな顔するかな。
ワクワクする。
トートを
カウンターに乗せ、
ニヤニヤが止まらない。
カラン……
「ただいま。」
振り返る。
「おかえり、悠。」
「慎、オープン準備ありがとうな。」
悠がここに居る。
息して、
ちょっと微笑んで、
ありがとうって
俺を見て……
これ、
全部、
当たり前じゃないのな。
ありがとうは
こっちだよ。
また
現れてくれて
ありがとう――。
俺、
自分の気持ちに
正直になるよ。
伝えたいことは
その時に
伝えるんだ。
こっちへ近づく悠を
待たずに
キュッ……と引き寄せる。
「え?」
トン……ッ
引力のままに、
俺の肩に
悠の胸が収まる。
「悠……
俺――
“すげぇ、寂しかった”。」
「――慎……。」
無抵抗だった悠の腕が
俺の体を
確かめるように
包み込む。
すぐ近くの
悠の喉から響く、
静かな空気の流れが
俺の耳をくすぐる。
そして、
すごく、
温かい。
触れたところが
じわっと。
悠の温もり。
その温もりが
すごく――重い。
また触れることができた。
良かった。
この温もりが
夢じゃなくて
――本当に良かった。
抱きしめた腕を
もう一度、
抱きしめ直す。
「悠、おかえり。」
「――ただいま……。」
「俺、もうあんな風に
慌てるのは――嫌なんだ。」
「うん。ごめんな。」

「悠は悪くないよ。
ただ、俺は知りたいだけだ。
俺、お前のオリジナルになりたい。」
「オリジナル?」
悠の腕が、
俺の体をグッと押す。
向き合って目が合う。
悠が、
戸惑いの表情を浮かべてる。
また何か、
気を使ってるか、
くだらないこと考えてそうだ。
クスッと笑う。
「重く考えるな。
いつだって
フラットな気持ちで
お前と居たい――それだけなんだ。
悠のことは、
一番分かってたい。」
「俺、それに甘えていいのかな……」
「いいんだよ。
俺だって、悠に甘えるし。
お互い様じゃね?」
悠の目が
俺の目の奥を
見つめる。
メガネ越しの瞳に、
ユラユラと
光が反射している。
俺たちの視線は、
磁石のように
くっついて離れない。
今度は
悠が俺の腕を
引き寄せる。
同時に
俺の腕も
悠をしっかりと抱え込む。
瞳に、
お互いを映し合う。
悠が視線を、すっと離す。
ふっと頬に
温かいものが触れる。
驚きながらも、
横目で
その温度を確かめる。
また、目が合う。
今度は、
俺から――……
カラーンッ……!
「マスター!
急に休むから心配したぞ!」
トンッ!
素早く悠を押し返す。
「ぅわわ!」
ドサッ!
悠がキョトンとして
チェアに収まっている。
――すまん、悠。
「こんにちは!澤田さん!」
「お?もう俺の事覚えたの?」
「もちろんですよ。
一番に覚えました!」
ニカッと笑う。
続けて悠が
「ハロー、澤田さん。」
と、手のひらを軽く振る。
そして、
チラッと俺を見て笑った。
心の中で
親指を立てる。
悠が立ち上がりざまに
Liuトートに目をやる。
「――これ……!」
グンッと
悠の目の温度が上がる。
あー、
渡すタイミグが……
まぁいいや。
その顔、最高だし。
「それ、兄貴から。」
軽く伝え、
豆の準備に取り掛かる。
その手を悠が掴む。
振り返ると
子供みたいな笑顔の悠が
鼻息を荒くしている。
「これっ……これっ……」
「え。そんなすげぇもんなの?」
「すげぇってもんじゃない!
CometKとのコラボ記念っ!
市場に出回ってないやつ!
持ってるのは、
LiuとCometKだけ!ってやつ!」
「ふーん。
なんか分からんけど、
マスター、
早く、働け?」
「あっ……悪い。
はぁぁ……どうしよ。」
両頬を手のひらで
パチパチと弾くと、
悠は、
マスターの顔になった。
―――――
「はー……今日も凄まじかった。」
汗だくだ。
「――あれ?……悠?」
悠の姿がない。
カウンター奥に
無造作に
脱ぎ捨てられたエプロン。
置いてあった
Liuトートが無い。
「はーん。アイツ……」
奥の部屋へと
そっと足を進める。
カタッ……
ゴソゴソ……
小さな音が聞こえる。
ドアに手をかけ、
バンッ!勢いよく開ける。
バッ!
悠が振り返る。
「コソコソと
なーにやってん……
だ……。」
あ。
上を脱いでる。
悠が慌てて羽織るが、
おおよそ
上半身が丸見えだ。
――身体中の古い傷跡。
縫った跡が
生々しく残っている。
悠が、
覚悟したように
羽織った服を剥ぎ捨てる。
「これ、引くよな……。」
俺を見る。
俺の目は
揺れることなく
悠の傷跡を見ている。
悠に近づく。
一歩、
また一歩、と。
手を伸ばす。
その指先を、
脇腹の傷跡に

そっと置く。
悠の顔を見上げ、
目を捉える。
「そんな風に言うなよ。
悠が闘ってきた証だろ?」
「見られたくなかったんだ。」
「――うん。」
「痛そうとか、
可哀想とか、
助けてあげなきゃ――とか、
慎には思われたくない。」
「うん。」
背中の傷跡に触れる。
トン……トン……
と手のひらを当てる。
「触るの……
気持ち悪くないのかよ。」
もう片方の手で
悠の頬を掴む。
「そんなわけあるか。」
グイッ。
悠が、
自分の喉元に
俺の後頭部ごと
引き寄せる。
耳元に
悠の声が落ちてくる。
「慎……っ。」
気づくと俺は
ソファに転がっていた。
目の前の悠の顔が
俺を見下ろしている。
右目、左目、
鼻、
口元、
顎、
喉元、
悠の目が
俺のひとつひとつを
確認している。
「慎、こんなに近くにいても
俺は――
お前の顔が分かんないんだ。」
食い入るように
今度は、
首元から
顎、
口元、
鼻、
そして、目……
悠の瞳が
立ち止まりながら
上がっていく。
「うん。
――でもさ、
こんなに近づいたら、
俺だってお前の顔なんて
分かんねーぞ。」
「え?」
「パーツしか見えねーもん。
それよりも、
俺は、
悠の香りや温度、
それに……声、
あとは……」
ふわっと
言葉を塞がれた。
え?――悠?
見つめ合う。
「あ!」
悠が慌てて離れる。
立ち上がる。
俺を抱き起こすと
ササッと俺のTシャツを整える。
「うん!」
咄嗟に
悠の腕を引く。
「うん、じゃねーよ!
何、苦しい誤魔化しやってんだ?」
ニッと笑ってみせる。
「あー……やっちまった……」
自分のおでこに手を当て、
悠はソファに
体を沈めた。
その姿に
俺は笑ってしまった。
「なんか、いろいろ
話すことがありそうだな。」
「うるせぇ……」
手のひらで
目を覆ったまま
悠がため息をついた。



