君の世界の話をしよう。


――慎の部屋。



カーテンの隙間から
キラッ……と朝日が差し込む。


アラームが鳴る。

ゴソッ……

布団から、
慎の黒髪がひょっこり現れる。




「うーーんっ!」
大あくびをしながら
伸びをする。


朝の目覚めだけはいい俺。

今朝も爽快だ。


サッと朝のシャワーを浴び、
身支度を終える。

時々、菓子パンをかじる。


『今日、休講だから
 今から行くよ。』


クソ流へのメッセージ

送信!と。


すぐに返信が来る。

『気をつけて来いよ。』



いつものリュックを背負い、
スマホをポケットに入れる。


紙袋を掴む。
中には悠からの
新作が入っている。


―――――


流の家の前に着いた。


「なんというか……
 何回来ても変な家だよなー。」


正面から見ると小さいのに、
中に入ると
奥に、超広い。

昔は学生寮だったらしい。
買い取って
骨組み残しつつ
改築したとか、
なんとか。

名残りがあちこちに残ってる。

今から入る、この玄関。

入ったとしても、
長い廊下しかない。

靴を脱ぐだけの空間。

廊下沿いひとつめの
古びたドアが
玄関みたいなものだ。


インターホンもない。


コンコン!
「おーい。着いたぞー。」


ガチャッ!
兄貴が顔を出す。

「おはよー……っす!?」

兄貴が、ほぼ全裸だ。

腰にタオルを巻いているだけ。
髪は濡れたまま。
肌にも水滴がついている。


――何考えてんだ、この男は。


「ちょっ……なんて格好だよ!
 服くらい着ろよな!」


「別にいいだろ。ここ、家の中だぞ。」

「そうだけど!
 なんか……えっと……」

「まぁいい。入れよ。」


兄貴が俺の腕を引く。

え。
それはマズイんじゃないかな。

兄貴がこの格好てことはさ、
慧さんも似たような感じ……

なのでは……

ないですか?


「いいっ!待ってるから!
 準備できてからでいい!」

必死の抵抗を試みる。

兄貴と彼氏の
めくるめく姿なんぞ
見たくもねぇわ!


「準備?出来てるよ、早く入れよ。」

また兄貴が俺の腕を引く。


「いーやーだ!離せーーっ!」


「何言ってんだ?
 寝ぼけてるのか?」


攻防戦が膠着状態である。


ジタバタと抵抗する俺
VS
俺を担ぐ勢いの半裸兄貴。


「――慎くん?
 なにしてるの?」

振り返ると、
大きな紙袋を抱えた慧が
廊下の入口で
不思議そうに立っている。


「慧さん!
 助けて!兄貴が無茶言うんだ!」



慧が靴を脱ぎ、
廊下をスタスタと歩いてくる。


「慎くんの好きなパン
 買いに行ってたんだ。

 それで、どんな無茶を?」


救世主、現る!


「兄貴が裸なんだよ!
 こんなの今入ったら、
 慧さんも同じようなもんじゃん?

 俺、そんなとこ入れないよ!」


「え?」
慧がキョトンとする。


「え?」
慧を2度見、3度見。
そして固まる。


兄貴が額に手を当て
ため息をつく。

「……バカ。」



「兄貴がそんな格好で
 出てくるからだろ!
 余計な心配させんなよな!」


「人に会う前に
 絵の具汚れ落として何が悪い。」


「髪乾かして
 服着るところまでやって完成だよ!」


「それと慧と
 なんの関係あんだよ?」


「慧さんも裸かも……」


「はい!終わり!
 まぁまぁ2人とも。
 慎くん、ほら、入って。」

慧が、場をおさめる。

そして、
俺と兄貴を交互に見た。

「ほら、とりあえず入ろう?」


兄貴にそっと耳打ちをする。

『なぁ、兄貴。
 慧さんの目が笑ってないんだけど。』


『しっ……。余計なこと言うな。』



プッ……
あの兄貴がビビってる。





「ぅわ!美味しそうっ!」

テーブルの上に
俺の好物ばかりが並んでいる。

「お昼にはまだ早いけど。
 軽くつまみながら過ごそう。」

慧はそう言うと、
買ってきたパンを
切って並べ始めた。

その手元を
ワクワクと眺める。

「お前、いくつだよ。」
兄貴が笑ってる。

「二十歳だよ。文句あるか。
 ほら、マスターから新作!
 早く持ってけ。
 
 俺と慧さんに
 コーヒーを淹れろ。」

ツンとして、
悠からの新作を渡す。

「はいはい。
 お前はいつも王様だな。」

兄貴が
俺の頭をクシャッと撫でる。


その様子を見て
慧さんが微笑む。

のどかな時間だ。


兄貴と慧さんが紡ぐ
この雰囲気。

俺は二人のことが大好きだ。

一緒にいると、
俺の心が

ポカポカするんだ。




―――――





「はぁ……楽しかった!
 慧さん、ごちそうさま!」

手を合わせ、お皿を重ねる。

「あ、いいよ、置いておいて。
 もう帰るの?」

「――うん。
 そろそろバイトの時間なんだ。」

「そうか。またおいでね。」
「またいつでも来いよ。」


「はーい。ありがとう!
 じゃぁ、また。」

手を振り、
兄貴の家を後にした。




早く悠に会いたい。


俺の手には、

兄貴たちからの、
LiuとCometKからの

悠へのお礼の品がある。


Liuの絵が描かれたミニトート。
その中に
プレゼントが入ってる。


「いつの間にこんなの作ったんだ?
 悔しいけど可愛いじゃん。」


悠、どんな顔するかな。

なんて考えたら、
足取りが少し軽くなる。



歩道。

横断歩道。

小さな公園。

兄貴の家から悠の店まで

まるで
けもの道みたいな

俺だけのルート。



カランッ……

「悠ー!こんにちは!」


しん……。


「悠ー?いないのか?」


静まり返った空間。

いつもの店内が
違う景色に見える。


おかしいな……

俺が来る時、
留守なんてこと
今までになかったのに。


「悠~?寝てるのか~?」

そっと中へ

足を進める。


カウンターの奥。

床の上で、
小さな何かが
光を拾っている。


何だ――?



「!!」

ピルケースだ!!



ダダッ!

駆け寄る。

転がったピルケースのすぐ傍に
悠が横たわっていた。



「おい!悠!!どうした!?」

声をかける。

反応がない。


むやみに抱き起こしちゃいけない。

吐いてないか、
呼吸の確認、だったか。

あ。そうだ。
舌が落ちてないかが大事!


何かでそういうの観た。


触れたい。
抱き上げたい。

手が迷う。

精一杯、力を抜いて
手のひらで
悠の頬に触れる。


――温かい。


もう片方の手で
悠の顎に触れ、

そっと
口元を開かせる。

中を見る。


「吐いてはないな。
 息も、してる……。」


少しホッとする。



でも……

心臓が跳ね続ける。

俺の頭の中まで
ドクドクと音が響いてる。


「悠?……おい、分かるか?」

声をかけ続ける。



うっすらと

悠の目が開いた。

その僅かな隙間を
逃さないように

顔を近づけ、
しっかりと目を合わせる。


「悠!しっかりしろ!
 どうしたい?どこが辛い?」


小さく悠の口が動く。


「ごめん……
 ……救急車、呼んで……」

すぅっ……

悠の目がまた閉じる。


そっと
悠の頭と顎に手を添え、

横に向ける。

口元に手をかざす。

温かい吐息が
俺の冷たい手にふわっと当たる。

「よし……。」


震える手で
ポケットからスマホを出す。

片手でタップ。

かかった!

「友人が倒れてます。
 すぐ、来てください!

 はい。〇□大学バス停斜め前の
 珈琲館っていう喫茶店です。」


救急車が来るまでが

――長い。


時計の針は
さほど進んでないのに

すごく待ってる気がする。


逸る気持ちが

抑えられない。


早く。

早く来てくれ。

――俺がどうにかなりそうだ。



「あ!そうだ。保険証……。」

もう一度、
悠の口元に手をかざし、
呼吸を確認する。

小さく、
深く、ため息をつく。

「うん。」

立ち上がる。


「悠、ちょっと待っててな。
 ポーチの中、見るぞ?
 勝手に、ごめんな。」


カウンター後ろの
高い棚の1番上だったはず。

確か、
いつも小さなポーチ
放り込んでたような……。


ガタッ……

ゴソゴソ……

「あったあった。これだ。」


チラッと悠を見る。

手元のポーチに

目線を落とす。


「なんか、すごく緊張するのだが。

 ――悠、ごめん。開けるね?」


静かな店内に
チャックの音だけが
クリアに響く。


カサッ……


「――これ……!?」

俺の手には、

袋に包まれた
一冊の古びたノート。

すごく汚れてる。

これは……血液、か?


それから、

薬手帳。





そして、




――ヘルプマーク。




床に横たわる悠に
語りかける。

「これ、見ちゃいけなかったよな?

 後で、お前に謝るよ。」




救急隊員たちが
慌ただしく中へ入ってくる。


彼らに囲まれた悠が、
ものすごいスピードで
色んなチェックをされてる。

無抵抗に。



そんな中、
俺は、

悠のポーチを

手渡すことくらいしか

出来ない。




「貴方はどうしますか?」


「――え?」


「同乗しますか?」


ストレッチャーに
横たわる悠の顔を見る。


「はい!一緒に行きます。」


リュックと
プレゼントを掴み、

彼らの後ろに
ついて行った。


走り出した車内は、

けたたましいサイレン音とは
無縁のように、

無機質で、

触れるもの全てが

ひんやりしていた。

時折、隊員たちの小声が聞こえる。


俺は頭の中で
ぼんやりと、

でも、何度も繰り返し、
同じことを考えていた。


なぜ急にこんなことに?

未然に防げたんじゃないか?

悠のことを知りたい。


グルグルと、

答えが見えないまま、



俺の頭の中で
回り続けている。