君の世界の話をしよう。

人に囲まれてた悠は、
今、
コーヒーに囲まれてる。


ちょっとタイム。
訂正させて欲しい。


人に囲まれてた悠は、
今、
コーヒーにも囲まれてるが、
人にもまみれてる。

これが正しかった。



「はぁ……はぁ……」
汗を拭う暇すらない。

なんだ、これ。
ハード過ぎる!

喫茶店って、
もっとさ、
こう、あるじゃん。
アンニュイな
スロウな
時の流れが止まってるような、
そんでもって、

コポコポ……

ふわっ……

良い香りだな。


みたいなさ。


全然違うじゃん。
思ってたのと
ちがーーーーう!!

俺、さっきから
カウンター付近を
高速の反復横跳び、何回やってる?

てか、この店、
こんなにお客さん来るのかよ。
聞いてねぇ――。



「明日から頑張って、って。
 給料、まぁまぁちゃんと出るって。
 昨日言ったじゃん。」

しれっと、悠が言う。

「ふぅっ……お前は、なんで、
 汗ひとつかいてないんだ?」

「鍛え方が違いますから。」

悠がニヤリと笑う。


別に、カッコよく
スマートにサポートしようとか
思ってたわけじゃない。

だけど、
これじゃぁ、
俺がサポートされてる側じゃん。

思ってたのと違うじゃん。

カッコよくないじゃん。

あ。違う。
別にカッコよくしようとか
思ってないし。


「慎、これ、ラッピング!」

悠が手際よく詰めたコーヒー豆が、
カウンターをシュッと流れてくる。

ひぃ……また来た。

もう、何個やったか
数えてもいない。

「慎、これ、3番さんに試飲!」

コトッ……
忙しい中で
丁寧に置かれるカップ。

そんなに
あれもこれも出来るか!

――とは、絶対言わない。

食らいついてやる。

余裕の笑顔を見せてやる。

悠は目が合う度に
ニヤッとほくそ笑む。

「この、体力オバケ!」
吐き捨てる。

「ハハッ!」
悠がクシャッと笑う。

――あ。その顔。

くすぐったい!やめろ!って
俺の手を振りほどいた、
あの時の……。


キュゥッ……胸が……

「コラ、慎!ぼーっとするな!」

ハッ!!
「あーはいはい!分かってるよ!」

感傷に浸るくらい
させてくれよ。
キュゥッとなった胸が
置いてけぼりじゃん。


しかし、本当、
悠ってよく出来る奴だ。

「マスター、いつもの!」

「あー、今日のオススメこれですよ?
 本当に“いつもの”でいい?」

「うーん。悩むなぁ……。
 両方もらおうかなぁ。」

「いつものなら、
 グラム分けして、
 そこにラッピングしてあるから、
 好きな色選んでいいですよ。」

先にグラム分けしてるの秀逸。

そのラッピングは、
さっきから
俺が、
ヒィヒィ言いながら
ひたすらやってるんだけど。

俺が、ね。

そう、俺が。

ちょっとした達成感。



「今日も美味しくて落ち着くわ。
 ねぇ、マスターこないだの続き、
 ちょっと聞いて。」

「はい、でも聞くの僕でいいんですか?
 衣食住なんでもどうぞ。」

「もうっ!マスターったら!
 こないだ話してた
 息子の件なんだけど――」

「渡辺さん、悩んでましたね。
 その後進展が?」

「うん、それがね――」


なんだよ、
相談まで受け付けてんのか。
どんだけ
懐が深いんだよ。

渡辺さん、
嬉しそうじゃねーか。


悠の近くに
集まるお客たちが、
次から次へと話しかける。

手を動かし、
右へ左へ。

そんな中、
よくこんなに話せるよな。



「こんちは!
 今日は友達も連れてきたよ。」

「こんにちは、ありがとうございます。
 ようこそ、珈琲館へ。」


「あ?なんだよ、他人行儀だな?」

唸るような
ムッとした声が聞こえた。

顔を上げると、
常連らしき男性が
悠を
じっと睨みつけている。



――ヤバいんじゃないか?



いつでも行けるように、
目を離さず
作業を進める。

ドクッ……ドクッ……
緊張する。



「おい。聞こえなかったのか?」
男性がカウンターに
身を乗り出す。

次の瞬間、
悠が、
男性の目を見て
ニカッと笑った。

「――そりゃ、
 初めての方へのようこそは
 先に言いますよ。

 運んで頂いたご縁、
 ガッチリと
 掴みたいですもん。」


「チッ!
 まったく、男前が!
 食えない奴だなー。」

「クスッ。澤田さんこそ!
 相変わらず血の気が多すぎ!
 さすが珈琲館の用心棒!」

「ハハッ!うるせぇよ!」



ふぅっ……
体の力が抜ける。

驚いた。
悠が何かされるかもって
怖かった。


でも……
なんか、違和感が。

聞いてると、
ちょっと引っかかる。

何が?
と言われたら答えられない。

けど、
どうも気になる――。


気になりだしたら
悠の接客が
耳について仕方ない。


「ねぇ、マスター、

 昨日の夕方、
 商店街で会ったの気づいた?」


「え?」

「気づいてくれるかなって
 軽くおじぎしたのよ?」

「――えっと……
 もしかして僕、
 真面目な顔してなかったですか?」

「そういえば、してたような?」

「でしょ?考えごとしてたかも。
 あー、惜しいことしたぁ……。」



――ん?

ちょっと待て。

昨日の夕方?

俺と、

ここに居たじゃん……。




例えば、
さっきのグラム分け。

好きな色選んで
お客さんは
楽しそうだったけどさ……

なぁ、あの人の
“いつもの”って何だ?

コーヒー豆の名前は?

……悠、触れてなかった。


意図的なのか?
それとも偶然?

考えすぎなのか?

心の端っこに
引っかかって仕方ない。

とはいえ、
今はそれどころじゃない。

「慎!これ、あと10袋!
 それから、
 テーブルのカップ!
 下げて洗う!」

「はいっ!」
バタバタと右往左往。

ほんのり気になりながらも、
俺は、
俺のやれることを
やらねばならん。


ふと視線を感じる。

――チラッ。

パチッ……。
悠と目が合う。

その目の奥が
静かに俺を捉えている。

ん?
なんだ?

『俺、もしかしてミスった?』
目だけで伝える。

目線がぶつかり合う。
ほんの一秒ほどだろうか。

悠は、
すっと目線を逸らした。

何もなかったように
同じ調子で、
お客さんと話しながら
手元を動かしている。

目が合ったと思ったんだけど。
気のせいか。


さっきのピリついたやり取り。
あれ、なんかおかしい。


お客さんたち、
みんなご機嫌で帰ってったけど、

ひとつの違和感に
気づいてしまったら――。

「慎!これ!」
ポイ。とおしぼりが飛んでくる。

「顔拭いておけ。
 すっきりする!」


「あ……あぁ、サンキュ。」


悠、お前、

どうなってんだ?


あー、何もかもが
頭の中でちゃんぷる。

――モヤモヤする。


―――――


「うへー……しんどっ!」

お客さんが引き、
静かになった店内。

チェアに
もたれかかる。

「お疲れさま。
 やっぱ人手があるっていいね。」

うわ。
爽やかに笑ってる。

対して
ボロ雑巾と化した俺。

――完敗。


「あ。そうだ。
 さっき、なんで見てたの?
 俺、もしかしてミスってた?」


笑ってた悠の目が
僅かに見開き、
俺を見る。

「いや、別に。
 ――何も、ないよ?」

肩を竦めて、
ニコッと笑う。


正体の分からない
違和感が、

すごく

――居心地悪い。


「……俺、
 そろそろ上がるわ。」


「――慎?どうした?」

「何が?」

「いや、なんとなく?」

「そう?
 悠こそどうしたんだよ。」

「……。」

見つめ合ったまま
お互い、
動かない。


ポケットの中身を
カウンターに出す。

手から滑り落ちた
ボールペンが、
床に転がる。

コツンッ……

カラカラ……

響く音が虚しい。



俺、なんで今
こんな気持ちでいるんだろう。

沈んで、

重たくて、

早く、ここから逃げたい。


ボールペンを拾い上げ
握りしめる。

何か言いたいけど
俺の口は開こうとしない。


悠もきっと戸惑ってる。


ごめんな、悠。

俺も、
どうしたらいいか
――分からないんだ。





「お前、大変だなぁ。

 相変わらず、

 無自覚の
 感情ジェットコースター。」



悠の
明るい声が
静けさを破る。


――え?


ゆっくりと、
悠に
視界のピントを合わせる。


頬杖をついて
俺を見てる。

ほんのり笑う口元。

そこから
するっとこぼれた、

言葉。


「感受性が強すぎるんだよ、

 ――お前は。」



ぶわっと
鳥肌が立つ。

心臓が
大きく脈打つ。

ドクッ、ドクッ、と
俺の胸を叩いてくる。


「悠、お前、俺のこと……

 分かってるのか?」


声が震える。

手足も震えてる。

怖いんじゃない。

これはたぶん、
――武者震いだ。


悠が頬杖をついたまま
ため息をついた。

「あーあ。
 余計なこと勘づいちゃって。

 だからお前は、
 疲れちゃうんだぞ。」


一歩、

更に一歩、

ゆっくりと

悠に近づく。


「俺の勘が合ってれば、
 ……の話なんだけど。」

「うん。なに。」


「お前、

 常連さんのこと、

 覚えてないんじゃないか?」



「それはどうかな。」


「ごまかすなよ。
 例えば、
 “いつもの”注文してた人、

 あの人の“いつもの”って、
 ――何だ?
 
 お前、誘導的に選ばせただろ……?」


「そうだっけ?」


「他にもあるけど、

 ……商店街の人、
 あの人とは会ってないはずだ。

 だって……

 昨日はお前、
 俺とここに居たよな。」


「失敗したなぁ。」


「はぐらかすのやめろよ。」


「いや、本当に。
 アレは失敗だ。冷や汗出た。

 お前の言う通り、
 本当は会ってない。

 そうかもってうっかりした。」


「――お前、さっきから
 何言ってるんだ?

 いい加減にしろよ?」

じわっと
俺の汗と一緒に出てきた。

――苛立ち。


悠が肩でため息をつく。

「とりあえず降参!
 お前の勘は、
 半分正解、半分不正解だ。」

「はぁ?
 分かるように話せよ。」


「ん。分かったよ。ごめん。

 俺は、常連さんのこと
 ちゃんと覚えてるよ。

 人柄、口癖、雰囲気、
 ちゃーんとね。」


じっ、と悠の目を見る。

「そんなに怖い顔するなよ、慎。
 
 ちゃんと覚えてる。
 けど、
 顔は分からないんだ。

 パーツは分かるんだけどね。

 だから、商店街の人も
 気づいてない間に会ったかも、
 なんて、少し焦って失敗した。

 慎は、そりゃごまかせないよな。」


コポコポ……

カチャッ……

コトッ。

悠がコーヒーを差し出す。


座れってことか。

受けて立ってやろうじゃねーか。