
俺、
コイツ知ってる。
めちゃくちゃ知ってる。
だって、
まんまお前じゃん。
――歌声の主、悠。
5年探した。
擦り切れない音源を、
擦り切れるほど
聴いた。
なのに。
お前の中に、
俺は
微塵も
残ってなさそうだ。
「慎、今日はあがっていいよ。」
「え?もう?」
「明日から
頑張ってもらわないとね。」
何だよ、
そのテンプレートみたいなの。
何もなかったみたいに。
ただの雇用者みたいに。
いたたまれない。
うまく、
呼吸もできない。
もう、いいや。
盛り上がってたのは
俺だけでした。
ってことだよな。
「――そか。
わかった。じゃな。」
踵を返した俺の前に
悠が、回り込む。
「慎?どうした?」

今更、なんだよ。
「別に。至って普通だよ。」
カラン……
店を出る。
ひと呼吸置いて、
カチャッ――。
鍵の音がした。
その音に
目だけで振り向く。
唇を
キュ……と噛む。
無性に寂しい。
悠を見つけたら、
もっと、
ワクワクするかと思ってた。
『もしかして悠!?』
『えっ、まさか慎!?』
『ウソだろ!?
お前、変わってねぇな!』
『お前、
軽くオッサンじゃんか!』
『うるせぇっ!
おい、悠!ハグさせろ!』
――強く抱きしめる。
『いててっ……
俺もハグ返ししてやる!』
『いててっ!』
こんなサムい
未来予想図を描いて、
勝手に
期待してたんだ。
「バカみてぇだ――。」
手に持ったイヤホン。
耳に入れるの、
今日は……キツいわ。
そのまんま握りしめ、
家路に向かって、
歩き出す。
ピロンッ……
多分また
クソ兄貴だろうな。
『クソ流から
メッセージが届いています。』
「ほらー、もー、またー。」
でも、
今の俺には
この通知が、
やけに沁みる。
『お前、
珈琲館でバイト始めたの?
俺、あの店の珈琲超好き!』
兄貴よ、
店のファンでしたか。
そうですか。
トトッ……
滑らかに
指を滑らせる。
『バイト初日、謎だらけで鬱!』
送信。
両ポケットに手を突っ込み、
トボトボ、
小さく歩を進める。
あ。
スニーカーのつま先、
汚れてる。
そろそろ洗い時か。
気分転換に
靴紐変えようかな。
「……辛気臭いぞ!俺!」
リュックの肩紐に
ギュッと手をかける。
ピロンピロン……
ピロンピロン……
のそっと
スマホを出す。
『クソ流から着信です。』
ギュッと握りしめ、
通話ボタンを
ペタッと押す。
「……もしもし?」
「慎、俺ん家来ねぇ?」
「え?今から?」
―――――
久しぶりに
兄貴のうちに来た。
相変わらず――。
どうしたらいいか
分からんほどに、
汚いな!!
クスッ……笑みがこぼれる。
「あれ?慧さんは?」
いつも、
お茶やら夜ご飯やら
もてなしてくれる
兄貴の彼氏。
コロコロと
よく笑う
賑やかな人だ。
あの人が居ないだけで、
めちゃくちゃ静かで、驚く。
「アイツ、資料集めに出かけた。
3日ほど
帰ってこないんだってさ。」
「へー。どこに出かけたの?」
「知らね。
気まぐれに
転々とするとか言ってた。」
「なんか、猫みてぇだな……。」
兄貴の煎れたコーヒーを、
ひと口飲む。
あ。
ちょっと腕上げたっぽい。
喉を落ちゆく香りが
ふわっと
鼻に抜けていく。
「うま……。」
兄貴が微笑む。
俺が飲むのを
黙って見てる。
温かい目でみるなよ。
なんか、
泣きそうじゃん。
兄貴は、
クイッとひと飲みすると、
カップを
軽く振って見せた。
「これ、珈琲館のコーヒー。」
「え。そうなの?
兄貴が
腕上げたとかじゃなくて?
豆のおかげ?」
兄貴が吹き出す。
「ハハハッ!そうかもな!」
くそー……。
なんか、
楽しそうでムカつく。
コイツ、
絶対、
毎日充実してやがる。
ツヤツヤしやがって。
「兄貴はいいよなー。」
「んー?何がだよ。」
「慧さんとは運命ぽいじゃん。
永遠感が強すぎるわ。
面白くねー。」
チラッと兄貴を見る。
バチッ。
目が合う。
え。
なんで、
そんな真面目に
俺の事見てるんだ?
「な、なんだよ。」
兄貴の
この目が苦手だ。
親より苦手だ。
「なんだよ。
も、もう……
黙って見てくるの禁止!」
手のひらを、
顔の前で重ねる。
顔を背け、
必死の予防線を張る。
ペッ……!
俺のバリケードは
あっけなく、
払い除けられた。
「おい、慎。
永遠なんて、ない。」
そんな。
無慈悲に。
夢も希望もないようなこと
大人が言うなよ。
「慧さんが聞いたら悲しむぞ!」
「悲しむも何も、
誰だって歳をとったら死ぬ。
――そしたら、お別れだ。」
クソ兄貴……スパンが長いわ。
重いな。
コイツ、重い彼氏だ。
そして、
相変わらずの変人だ。
無駄に
コーヒー淹れる腕
上げやがって。
クソ兄貴のくせに。
コーヒーが
やたら美味くて
あったかくて
じわっとするじゃん。
あれ?
今改めて気づいたけど、
兄貴が
珈琲館のファン――。
てことは、
――悠と面識あり?
んん?
ふいに、
兄貴の
絵の具だらけの手が、
俺の頭を
ポン!とやった。
「永遠云々とかよりも
今どうするかだぞ、慎。」
「今、どうするか?」
兄貴が眉をあげて、
ん、という顔をしている。
なんかバツが悪い。
近くのクッションを
引きずり寄せ、
ギュゥ……と抱える。
「どうするかも何も……。
今の俺は、
八方塞がりの、
五里霧中ってやつだよ。」
「そうか。」

「だってさ、アイツ……
マスター……悠だったんだ。」
「――そうか。」
「俺の事知らない、
みたいな顔してさ……
5年、だぜ?
俺はずっとずっと
探してたんだ。
なのにさ、
アイツさ……」
次から次へと
落ちてくる言葉。
ひたすら
兄貴に投げつける。
「要するに、
お前は、
――拗ねてるんだな。」
「拗ねてるだと?」
「うん。
期待が空回りして
拗ねてる。」
「拗ねてねーよ!!」
抱えてたクッションを
兄貴にぶん投げる。
兄貴は
それをキャッチすると、
膝の上に置いて
続けた。
「俺、あの店の常連なんだ。
マスターとも
色々話すんだけど。」
「なんだよ、自慢かよ!
てか、
世の中狭くて驚くわ!
何もかもがムカつく!」
もう、
あーあ、だ。
なんて情けないんだ。
まるで
子供みたいに、
兄貴にぐずってる。
だから、嫌なんだ。
兄貴の前だと、
決まって
こうなる自分が。
「――慎。
お前が“悠”を探してた5年、
マスターは
どうしてたと思う?」
兄貴の言葉に、
――ハッとした。
―――――
眠れない。
布団に潜ったり。
脚だけ放り出したり。
ゴロン!と
転がってみたり。
みなかったり。
すぐそばで、
兄貴が筆を走らせてる。
きっと
分かってるよな。
俺が起きてるって。
「……なぁ。」
「ん?」
筆を走らせたまま
兄貴が返事をする。
「兄貴、何か知ってるんだろ?」
兄貴は筆を置くと
ゆっくり振り返った。
「少しだけなら、
知ってるけど?
それ聞いて
どうするんだ?」
兄貴……
こういう時は、
『知らない』とかさ、
『なんの事だ?』とかさ、
含み持たせるんだよ。
ド直球過ぎて萎えるわ。
「別にどうもしねーよ。
知ってるのか、
聞いただけじゃん。」
兄貴の目が
宙を見上げる。
ストンと
俺に目線を落とす。
「言おうか?」
「え。」
「知ってること、言おうか?」
「……な!?
何言ってんだ?
言ったらダメだろう!
口の軽い奴は
嫌われるんだからな!」
プッ……
ククククッ……
クソ流が。笑ってるし。
面白くねぇ。
「安心したわ。
俺の弟、まともな奴じゃん。
今の気持ち全部が、
――お前の本心じゃね?」
「――あ。」
口を押さえる。
絶え間なく
出てくる
色んな感情たち。
みんなが
俺の中で、
主張している。
それこそ、
自由に。
我こそは!と。
そうだな。
そうだ。
見つけた。
嬉しい。
やっと会えた。
何かおかしい。
分からない。
寂しい。
悔しい。
気になる。
知りたい。
近道したい。
だけど、
自分で知りたい。
お前と一緒に、知りたい。
俺って、
結構――人間くさいのな。
―――――
目覚めは思いのほか
スッキリしている。
帰る準備を整え、
リュックを背負う。
「じゃ、兄貴、またな。」
「またいつでも来いよ。」
歩き出した足が
ピタリと止まる。
振り返る。
「兄貴、悪い。
俺、悠に、
Liuは俺の兄貴って言っちゃった!
でも、
兄貴の本名は出してない。
悠は、兄貴がLiuだって
知らないんだろ?
ギリセーフだよな?」
兄貴が
おでこに手を当て
ため息をついた。
「論点そこじゃねーんだよ。
マスターはもういい。
でも、
“Liuの弟”って札が
お前に貼られる場合もあるんだ。
お前はお前で居て欲しい。
これからは
言う相手ちゃんと選べ。」
「……俺のため?」
「他に誰のためだよ。」
心の奥が
晴れていく。
「へへっ!サンキュ!」
大きく手を振ると、
俺は家に向かって、
駆け出した。



