君の世界の話をしよう。




目の前には、
キングサイズのベッド。


「このベッド、
 俺には大きすぎるんじゃ?」


「2人には丁度いいけど?」

悠がキョトンとした。



自然と笑みがこぼれる。






――引越し前日。

俺は、
クソ兄貴の家の前にいた。


中に入り、
扉をノックする。

返事はない。


「てか、
 インターホンつけろよな。」


もう一度。

今度は少し強く。

コンコン!!



ガチャ……

クソ兄貴が顔を出す。

「あれ?
 慎じゃねーか。
 連絡もなしに珍しいな。」


「あ。うん。なんとなく?」


なんとなくというのは
嘘だ。

どう連絡すればいいのか
わからなかった。


「まぁ、いい。
 ほら、入れよ。」

中に入ると
慧さんが
リビングで寛いでいた。

「わ!慎くん!」

パァッと笑う。

この人、いつも温かい。
怒ることってあるのかな。

兄貴にムカついて、
ちゃんと怒ったり、
泣いたりすることもあるんだろうか。


「なぁ、兄貴。
 慧さんってイイな。」

コソッと小さな声で言う。


「ふん、当たり前だ。」

兄貴が
ドヤ顔でニッと笑う。



「お菓子用意するよ。」


慧さんが
キッチンで準備を始める。


くるくると動く慧さんを、

クソ兄貴が
優しく眺める。


そのまま、
俺にもその目を向ける。

「ほら、座ったらどうだ。」


くっ……

クソ兄貴って呼んでるけど、

優しいし、
いい声だし、

特に、

慧さんと居る兄貴は

大好きだな、俺。


「あ。――はい。失礼します。」

ソファに腰を下ろす。

ふかふかのソファに
反発するように

俺の体は緊張している。


「何か、変だな、お前。」


観察するような兄貴の目。



ヒィ……
誤魔化せるわけないんだ。





―――――




弟がおかしい。

元々、
ちょっとオモロい奴だけど。

「何か、変だな、お前。」


「ヒィ……」


なんだそりゃ。

ヒィ……って。

蛇に睨まれたカエル
みたいじゃねえか。

また、
おかしな案件を
持ってきたに違いない。

そういう時の慎は、
だいたい面白い。

少し、ワクワクする。


「もう説明はいいから、
 なんだ?言ってみろ。」


そこに慧が戻ってくる。

「なになに?何の話?」

そう言いながら
テーブルの上に
お菓子とお茶を並べる。


「慧も、一緒にどうだ?」

「いいの?やったぁ!」

慧が嬉しそうに
ポスン!と
俺の隣に収まる。


ソファが
ふわっと揺れる。



「いただきます。」

慎がクッキーを手に取る。

それをかじりながら
慎が気まずそうに
口を開く。

「あの、さ、」


「うん?」



「――えぇい!もう!」

手に残ったクッキーを
口に放り込む。
 
「男同士って
 どうしたらいいですか!?」


なんて大雑把な
オープンクエスチョン。

「――どうとは?」


しん……


見かねた慧が
俺に耳打ちをする。


あー。


「お前、どっち?」


「へ?」

慎が口を開いている。

我が弟ながら……
呆れる。

「――そこ、
 話してから来い。」

「え?」

「マスターと。」

「えっ!
 なんでマスターって知ってんだ!?」


「他に誰がいるんだよ。」

はぁ……
コイツ、大丈夫かな。

能天気め。

「ところで、
 なんで急にそんなこと?」

慎がカップを手にする。
ゴクッ!

「おまっ……それ!」

「っ!熱っ!!」

「バカだな、熱いに決まってる。」
「慎くん、大丈夫!?」

「いてて……」
慧にもらった氷を
口の中で転がす。


いつまでも話さない。

慎の目線は
ゆっくり左右を
落ち着きなく
行き来している。


――仕方ないな。


コンコン。

テーブルの上を
指で叩く。

慎がチラッと俺たちを見る。

「ん。」
俺は眉をあげ、促した。


「……明日から
 一緒に、住むんだ。」

チラッ。

チラッ。

俺と慧の
顔を確かめるように
慎が目線を投げる。


――なるほど、ね。


「ふーん。
 それでビビってうちに来た、と?」


「ビビってねーし!」


「じゃあ、なんだよ。」


「――プライドだよ。」


「は?」


「男のプライドだよ!
 クソ兄貴のバカヤロウ!
 俺、帰る!」

慎は
バッと立ち上がると
バタバタと出ていった。

慧が止める暇も与えず。


しん……

「ブハッ!なんだアイツは。」

吹き出す。



慧が穏やかに俺を見る。

「慎くんに届いてるといいな。
 ……まったく、不器用なんだから。」


「――届いてるよ。
 あいつ、バカだけど鈍くはない。

 その不器用な兄貴と、
 ずっと兄弟やってる奴だからな。」


慧が、プッと吹き出した。

「……確かに。」


「アイツは大丈夫だ。」

ぐんっと伸びをする。

「でも、これは教えておきたかった。
 
 本人同士、話すの大事って。

 それが出来ないなら
 早いうちにやめた方がいい。

 兄貴のおせっかい――だ。」

笑ってみせる。


「流……。」


「――甘くないんだよ。

 これから、まだまだ、

 話し合うこと出てくるし。

 同じ熱量で
 一緒に悩める相手じゃないと、

 ――な?」

慧の鼻先に
指先でツンと触れる。


ふーっ……
ゴクッ。

「お前の淹れる紅茶、うまい。

 ――慎のこと、
 いつもサンキューな。」



慧が微笑む。

「お前は、いい兄ちゃんだな。」

そう言って、
ポン。と俺の髪を撫でた。




―――――



「なんだよ、クソ流!」

イライラしながら
家路を歩く。

でも、俺、分かってるんだ。

このイライラは、
自分への苛立ちだ。

なんとなく、
――兄貴に突き放される
っていう予感はあった。


『そこ、話してから来い。』
『マスターと。』


兄貴の言ってたこと、
その通りだと思うんだ。


その場限りじゃなくて、

恋人として
一緒に過ごす。


俺と悠にとっての
ベストな関係。


それを、

“一緒に”考えるのって

多分、

すごく、
意味があるんだ。


綺麗に
まとまらなくても。


“一緒に”

それに、意味がある。



―――――


「なんで笑ってる?丁度良くね?」

悠のキョトンに
笑いが込み上げる。


「アハハハ!そうだな!
 
 俺らには、丁度いいな。」


隣に立つ悠を見て
また笑う。


悠の目が
“?”になっている。


ダダッ!

「おりゃっ!」

思い切り
ベッドにダイブする。


それを見た悠が
驚いて笑う。

「テンション高すぎるだろ!」


枕を抱き、
ベッドの端から端まで
ゴロゴロ転がってみせる。


それを見て
また悠が笑う。

「何やってんだよ!」



ゴロゴロッ、


パタッ……。

大の字になる。


「はぁ……はぁ……」

天井を見る。

すぐに目線を悠に投げる。

「悠も、来いよ。」

枕を投げつける。




「ぅお!?」

パシッ!

悠が驚いてキャッチする。

そのまま、
枕を抱えて
俺の横に座る。


「なぁ、悠。
 こういうの、
 俺にも相談してよ。」


「――あ。
 ごめん……

 嫌だったか?」


「いや、最高だけどさ。」


「うん。」


「だけど、
 
 お前と――、

 一緒に悩んでみたい。」


悠の目が大きく開く。

「それ……、

 いいな!
 俺もそれがいい。」

クシャッと笑う。



「――俺、
 その顔、

 めちゃ好き。」


自然に
口からこぼれ落ちる。


ゴロン……

悠が照れくさそうに
俺の隣に寝転ぶ。


ベッドが少し沈む。



なんか、
この沈む感じ、

それだけで

俺は――


嬉しくてたまらないんだ。