今日からこの家は
“俺の家”じゃなくなる。
俺と慎の家になるんだ。
この日がちゃんと来るって
5年前の俺に、
教えてやりたい。
お前、
何かと凹んでたもんな。
そりゃそうだ。
お前のことは、
俺がちゃんと分かってる。
安心しろ。
お前はちゃんと報われるよ。
だけど、一つだけ約束だ。
もう、ひとりで泣くな。
慎にすがるんじゃなくて、
慎と並んで立て。
俺の中で
これからを見ていけ。
小さな俺が
噛み締めるように頷いてる。
トラックが止まる音。
窓から聞こえてくる、
ガヤガヤとした声。
「――来た。」
扉を開ける。
カラン……
明るい光が差し込む。
その眩しさの中へ、
俺は歩を進めた。
あれこれ、
指示を出してる慎がいる。
「慎、おはよう。」
声をかける。
慎の顔が
パッと笑顔になる。
「おはよう、悠!」
どうしても顔が緩む。
小さく息を吐く。
「どれを運べばいい?」
うん、自然に言えた。
慎がトラックの荷台を見る。
「そんなに荷物ないんだよな。
俺らは待ってればいいみたい。
てか、その方が
邪魔にならないらしいよ。」
忙しそうな業者を指差し
笑って肩を竦める。
「ふーん。」
慎、汗かいてるな。
よし。
「いいもの作ってやるよ。
中に入ろう!」
首で扉の中を指す。
「え。めちゃ楽しみ!」
慎は
俺の手を取り、
まるで自分の家みたいに
中へ入っていった。
くすぐったい。
俺の心が舞い上がる。
その手を俺も
キュッと握った。
―――――
引越し準備って
やっぱ疲れるな。
悠の顔を見たら
何だかどっと力が抜けた。
カウンター席に腰を下ろし、
店内を見渡す。
奥に続く入口に、目が行く。
俺、
今日からここに住むのか。
うわ。
なんか、
すげぇ、
――嬉しい。
悠がミキサーを出してくる。
「あれ?そんなのあったんだ。」
ちょっと驚く俺。
悠も少し驚いてる。
「一応、ここ、喫茶店だぞ。」
確かに。そうであった。
「俺、悠がそれやってるの
見たことなかったからさ。」
「ああ、慎は夕方からだもんな。
ミキサーは昼に使ってる。
また別の客層なんだよ。
メニューも夕方とは変えてるんだ。」
「へぇ。悠、お前、やり手だな。」
「ハハハッ!やり手って……。
まあ、ちょっと待ってろ。」
悠がニッと笑う。
冷凍庫からバナナを取り出し、
手早く割り入れ、
あっという間に蓋をした。
ガーッ……
その蓋を手で軽く押えながら
グラスを出す。
首を傾け、
ミキサーの横から
中を確認する。
頬杖をつきながら、
その全てに視線を注ぐ。
いやいやいや、
いい男だろ、これは。
やべぇな。
いいなぁ、お客さん……
いつもコレ見てるのか。
いっそ、俺も攪拌されたい。
「え?」
悠が顔を上げこっちを見る。
「え?なに?」
俺も少し顔を上げる。
悠がニヤリと笑う。
「後で、ゆっくり攪拌してやるよ。」
バッ!
口を抑える。
「え。俺、今、出てた?
想いがまろび出てた?」
悠が眉を挙げて
ニコッとする。
カウンターに突っ伏す。
こんなに恥ずいこと、ない。
「……頼む。
今のは聞かなかったことにして。」
「そんなことできるか。
勿体ない。」
「頼むから。
俺、顔上げられない。」
「クスッ……
多分この後すぐ
お前は顔を上げる。」
コトッ。
ふわっとフルーティな香り。
チラッ……
汗をかいたグラスが目に入る。
なんか、ドロっとしてる。
――ガバッ!
「なにこれ!」
「アハハハ!ほらな!」
悠が爆笑している。
「これ、すんげー美味そう!」
目を見張る。
悠の穏やかな声が落ちる。
「――お客様、
コーヒーバナナスムージーで
ございます。」

間違いない。
お前は、
やはり――いい男だ。
―――――
俺が着替えに使ってた部屋。
そこが、
みるみる
俺の部屋になっていく。
「なぁ、この部屋ってさ……」
ダンボールを抱えたまま
悠を見る。
「ん?」
「もしかして、だけど。
元から――俺用、みたいな?」
悠が手を止め、
困ったように笑う。
「――バレた?」
ぐわっ……
「その笑顔、反則!」
照れ隠しに
腕で大きくバツを作る。
なんだよ、もう。
今となっては懐かしい、
バイト初日の他人っぷり。
あの頃すでに
悠は、考えてたんだ。
俺との未来を――。
―――――
大分片付いたな。
慎、さすがに疲れてるだろう。
目につく荷物を
部屋の端へ移動させ、
慎が開けようとしている
ダンボールに手を乗せる。
「今日はこのくらいにしとこう。
風呂入ってこいよ。」
買っておいた部屋着を、
ポンと渡す。
「うん。そうだな……。
これ、使っていいのか?」
嬉しそうに
部屋着を見つめ、
慎はバスルームへ向かった。
その姿を見送ると、
俺はソファに腰を下ろした。
「ふー……。
久々に汗かいたな。」
静かに、
部屋を眺める。
「……俺、
まだ舞い上がったままだ。」
深呼吸する。
はぁーっと
息を吐きながら
背中からソファにもたれかかる。
だらっと座りながら
天井を見つめる。
「舞い上がって何が悪い。
嬉しいもんは嬉しいんだよ。」
独り言をこぼす。
自然と鼻歌がこぼれる。
目を閉じ、
気持ちをフラットにしていく――
バンッ!
バタバタバタ!
「悠っ!」
腰にタオルを
巻いただけの慎が
勢いよく駆け込んでくる。
驚いて目を開ける。
「なんだ?どうした?」
「悠っ!風呂が!」
「風呂が?」
「足っ!足伸ばせるっ!」
あ。――うん。
「それよか、
刺激強いんだけど。」
「え……。
ぅわ!見てんじゃねーよ!」
バタバタバタ!
バタンッ!
……ポカーン。
「なんなんだよ。」
俺の声が
高く震えてる。
また俺、笑ってる。
これこそ、なんなんだよ。
もう。
―――――
遠くで
悠のシャワーの音が
聴こえる。
その音の方を
しばし眺める。
ズルズル……
ポカポカの体を
ソファに沈める。
ゴソッ……
体勢を変える。
ゴソゴソ……
また転がる。
ゴロン……
仰向けになる。
「あーもう。」
起き上がり、
頭をワシャワシャとやる。
どうやっても
悠の香りだらけだ。
全身が。
ソワソワと落ち着かない。
「そのうち、
当たり前になってくのかな。」
スンッ
自分の匂いを嗅ぐ。
「何、自分で匂い嗅いでんだ?」
「ぉわっ!」
不思議そうな顔で
悠が部屋に入ってくる。
タオルを首にかけ、
洗いざらしの髪が
サラサラと揺れている。
長い前髪の隙間から
悠の目がチラリと見える。
俺と色違いの部屋着……
Tシャツのボタン外してる……
腰で履いてる……
ラフな姿。
そして、
――裸眼である。
完全オフの悠……。
首に下げたタオルで
スッとメガネを拭く。
悠の香りが広がる。

見たいのに
直視できない――
俺の心が、
理性が、
あっさりと
破壊されていく。
「……まるで破壊王だな。」
「え?」
「あ!いや、こっちの話!」
パッと顔ごと目を逸らす。
見てるだけで、
なんか、暑い。
ギシッ……
ソファが少し沈む。
「ん?」
振り返ると、
ソファに両手をついた悠が
俺のすぐ近くに迫っていた。
「――!!」
声にならない声を上げる。
「慎、目玉飛び出てるぞ。」
クッと笑う悠。
そのまま
更に俺に近づく。
ギシッ……
「あわわわ……ちょっと待て!」
手のひらを悠に向ける。
間違っても
触って押し返したりはしない。
触ったら……
俺が危ない。
自信ない。
いろいろと。
ピタッ……
「はい、待ってるけど?」
両手をついたまま、
じっと俺を見ている。
「えっと……
気になってることがある。」
「なに?」
「この部屋、
……ベッドはどこだ?」
悠が目だけで部屋を見渡す。
「ここは、お前の部屋であって
――寝室じゃない。」
「はい?
ちょっとよく分からんな。」
「寝室はあっち。」
悠が
顎で別のドアを指す。
「なるほど。
では、俺はそろそろ……」
ゴソゴソ……
そろっ……
立ち上がる。
……良かった。
掴んだりして来ない。
悠が指したドアを開ける。
ガチャッ……
目線を上げる。
――はい?
目の前には、
キングサイズのベッド。
(……しかない。)
もしかしたらだけど、
俺の勝手な
期待かもしれないけど、
この寝室って、
1人用じゃなくて、
えっと……
ふっ……
背中の温度が少し上がる。
振り返ると、
触れそうな距離に
悠が立っていた。
俺、頑張れ。
冷静をキープするんだ。
「このベッド、
俺には大きすぎるんじゃ?」
悠がキョトンとしている。
「2人には丁度いいけど?」
ぐわっ!
――やっぱり!!



