「……一緒に、ここに住も?」
泣いた――。
爆泣きだ。
こんなに泣いたのって
覚えてる限りでは
ない。
嬉しくてとか
心が通じたとか
そういう
感動的な涙ではないんだ。
多分、
泣いたのは、
中二の俺――。
思い出の路上に
通いながら、
“悠はもう居ないのかもしれない”
そう覚悟してる自分がいた。
確かに待ってた。
だけど、
その路上の
アスファルトの香り、
人々の往来、
車の音、
その全てに
縋りに行ってた。
眺める俺の目には
じゃれ合い、
笑い合い、
悠の奏でる音色、
悠の口から溢れる
言葉、
声色、
息をつぐ微かな音――
それらが、
まるで今のことみたいに
見えていたから。
俺の背が伸びて、
制服が変わっても
そこにある残影は
いつも、
中二の俺たちのまんま。

雑で、
毎日が当たり前で、
その瞬間だけが全てで、
時折、
高音が混じった
不安定な声で
笑ってる。
それが
ひどく安心したんだ。
だけど、
ひとつだけ、
触れられないものがあった。
――悠の温度。
残影に温度は――ない。
久しぶりのイヤホンを耳に、
荷物をまとめながら
思い出していた。
ひと段落つき、
ソファに腰を下ろす。
時計を見る。
「もうこんな時間か。」
悠が手伝いに来る時間が
迫っていた。
この、
小さな部屋に
初めて悠が来る。
俺が出ていく準備をしに。
「ふー……
なんか変な感じだな。」
ソファに身を沈める。
俺の頭の中で、
イヤホンから聴こえる音源が
大きく響いている。
まぶたが重い。
意識を
持っていかれそうになる。
まばたきをする。
またすうっと
意識が遠くなる。
気持ちいい……
うつらうつら……
―――――
ピンポー……ン――
コンコン!
カチャ……
パタン。
「……慎ー?入るぞー?」
ソファで
寝息を立てている慎。
「寝てる――。」
部屋を見渡す。
すげー。
今すぐ
引っ越せそうだな。
ここまで1人でやったのか。
慎の髪を撫でようと
手を伸ばす。
「――あれ?イヤホン?」
眠っている慎の顔を見る。
「何聴いてんだろ?
ちょっと
貸して、な?」顔を近づけ、
片方のイヤホンを
指先でつまむ。
「あ。これ……」
俺の声だ。
チラッと
慎に目線を落とす。
こんなの持ってたのか……。
「てか、ヘッタクソだな。」
照れくさくなる。
「お前ってやつは……
いつの間に
こんなの録ってたんだよ。」
クッと笑う。
ソファにもたれかかり
イヤホンに耳を傾ける。
「――懐かしいな。」
自分の手のひらを見つめる。
ギターを抱えるふりをする。
コードを
押さえてみる。
「ふふっ……
なんだよ、
普通に弾けるじゃん。」
指が覚えてる。
なんか、
それだけで
満たされていく。
そっと声を出す。
あの頃よりも
数段上手いじゃん、俺。
目を閉じて
小さな声で歌う。

なんて、
穏やかな気持ちなんだ――
そっと目を開ける。
「ハハ……サイコー。」
視界の端に
視線を感じる。
「なーに、勝手に聴いてんだよ。」

少し掠れた
慎の声。
振り向くと、
慎が俺を見て微笑んでいた。
「あ、悪い!」
「なーに、歌ってんだよ。」
ぶわっと
顔が熱くなる。
「……盗み聞き、禁止。」
慎が口を尖らせる。
「一人熱唱、禁止。
次からは俺もまぜろ。」
クッと
笑いが込み上げる。
「なんだよそれ。」
「俺には
その権利があるんだよ!」
ぐいっと身体を起こす。
顔が近い。
2人とも半笑いで
見つめ合う。
ふふっと笑いながら
慎の目線が外れる。
ちらっ……
こちらを見る。
ふっ……
また逸らす。
俺は見つめたままだ。
「ちょっと……。もう見るの禁止!」
手のひらが
俺の顔面を抑え込む。
掴んで顔から離す。
「禁止が多いな。」
慎の手の甲に
軽くキスを落とす。
瞳では
慎を捉えたまま。
「ぅわっ!禁止!禁止!」
身じろぎ
立ち上がる。
「逃がすか!」
立ち上がり、
掴んでいる慎の手を
グンッと引き寄せる。
逃げている腰に
腕を滑らせ、
更に引く。
グッ……
俺の腹と
慎の腹が
ぴったりと触れる。
トクトクトク……
鼓動が速い。
どっちの鼓動か分からない。
鼓動のリズムと共に
体温が上昇していく。
呼吸も加速する。
慎の
印象的な目を
じっと見つめる。
黒く濃いまつ毛、
艶のある瞳、
好きだ――。
顔を斜めにずらし、
ゆっくりと、
右から左から
その瞳を逃がさない。
「見すぎだよ……」
その、
困ったような目も
いい。
口元を見る。
少しずつ、近づく。
チラッ……
目線をあげると
慎が
ギュッと目を閉じていた。
俺の顔が、ふっと緩む。
すいっと顔を逸らすと
俺は、
慎の頬に温度を落とした。
腕を弛め、
少し身体を離す。
慎はまだ目を閉じている。
ギュッと。
指で鼻先をちょん。とやる。
「起きろ。
準備、追い込むぞ。」
「――え?あ……。うんっ。」
慌てふためく姿に
背を向け、そっと笑う。
段ボールに
ガムテープを貼っていく。
その俺の後ろに
慎が近づいてくる。
「どうした?」
目線はそのままに
声をかける。
「あの……、さっきのはさ。」
「さっき?」
手を止め振り返る。
「さっきのは、
拒んだんじゃないぞ。」
「――ああ。うん?」
「俺、この部屋では、しない。
……独りの俺は、
ここに置いていくんだ。
するなら、
お前の家!……な!」
驚いた。
そんなこと考えてたのか。
うん。そうしよう。
俺も
ここに置いていくよ。
あの時の孤独を。
「お前の家――じゃなくて、
“俺らの家”な。
はい、よろしくな。」
手を差し出す。
珈琲館で、
初めてお前に
手を差し出した時、
めちゃくちゃ緊張してた。
ずっと触れたかった手。
ただ、ただ、温かかった。
慎が俺の手を握り、
ふっと笑う。
「なんか、バイト初日思い出す。」
「俺も、今同じこと考えてた。」
俺たちは
恋人になったけど、
どこかでまだ
中学生の俺らがいて、
時々、
こうして
照れくさいことを
してくるんだ。



