君の世界の話をしよう。



俺から言うって決めてる――



もう、ずっと昔から。

あの、
白い天井を眺めながら。



もう戻れないんじゃないか――


不安と。



俺が戻るまで
あの路上に通っていて欲しい――


切望。





声をかけたい。

見られたくない。



お互いの領域を

時には侵食し、

時には奪われる。



相反する葛藤が、


俺の心の中で

いつも睨み合っていた。



だけど

いつかまた会えたら、

並んで立つことができたら、



俺から伝えたい、って。


そのために

俺、頑張ったんだ。


なぁ、聞いてくれ。

俺、マジで
必死だったんだよ。





―――――


退院してから、

俺の日課は


リハビリに通う。


高校進学に向けて

塾に通う。


帰りに

あの路上に通う。


の三本立て。


最初は
休む日もちらほら。

続けていくうちに
なんとか、
やれるようになった。


空いた時間のほとんどを、
俺はこの路上へ行くことに
費やしていった。


ある寒い日、

路上に現れた慎は、
卒業証書を持ってた。


『卒業したんだな。
 おめでとう、慎。』



真新しい制服に
身を包む慎を、
見かけるようになる。


『そうか。
 高校生やってんだな。』


見る度に
背が伸びて、

シルエットが変わっていく。

焦ったこともあった。

俺が慎を見つけることが
難しくなっていくんじゃないかって。


頭の中で
何度も思い出して
焼き付けた――。


また卒業証書を持ってる。


『進学するのかな。
 それとも、
 兄貴みたいに働くのか?』


ここで慎を見かけることは
もう、ないかもしれない。


そう、ふと思った。


だけど――、

リュックを背負って
元気に歩く慎を
見かけるようになった。


働いてる風でもない。


学生か。


この界隈だと、
大学はひとつしかない。

よし。




遠くから見ているのが

急に嫌になった。



――会ってもいい時が、来た。



会うべき奴なら
きっと、

もう一度、ちゃんと会える。


根拠の無い自信があった。


家路を駆ける。


親に言わなきゃ。


“使えないお金”を

“使う”時が来た、って。




―――――



慎が俺を見ている。

驚きがそのまんま、
見開いた目に出ている。

クスッと
慎の前髪に触れる。

慎の目が丸くなって、
その指を追う。


「なぁ、慎。
 藤井先生が
 お前に“キーパーソン”って
 言ってたの覚えてる?」


「あ、覚えてる!
 あれ何だったの?」


ゆっくりと、
慎の後頭部へ手を回す。


そのまま、

グイッと引き寄せる。


フワ。

お互いの前髪が触れ合う。


慎の後頭部から
一瞬の緊張が伝わる。


俺と慎の間だけ、

ほんのりと
温度が上がる。


慎の視線が、

俺を見て、
右へ左へ泳いで、

また俺に戻って、

そして
慌てたように落ちる。


「慎、こっち見て。」

おずっ……と
慎が上目遣いで
俺を見る。

「慎に、聞いて欲しい。
 俺、めちゃくちゃ頑張った。」


「うん。」


「もう無理かもって思った。」


「うん。」



また、
2人の温度が上がる。



「いろいろ諦めた。」


「……うん。」


「でも、
 お前に会いたくて――」


「……う……んっ……」


「元気な姿で会いたくて。」


「……ん。」


「それだけを思って
 めちゃくちゃ頑張った。」


「……悠。」


「俺、これからも

 お前を思って

 めちゃくちゃ頑張りたい。」


「……それって。」


「俺のこと、褒めてよ。

 ちゃんと帰ってきたから。」


「うん……うんっ……。」


「うん、じゃ分かんない。

 俺みたいに言ってみ?

 “大好きだよ”って――。」


「……っ……だいじゅぎだ……」

慎の顔が
ぐしゃぐしゃになる。


「ブハッ……
 だいじゅぎって!」

めいっぱい抱きしめる。


抱きしめた手で
慎の両肩を握りしめ、
そっと俺から離す。

目をのぞき込む。

涙が光って
慎の瞳が定まらない。


「……一緒に、ここに住も?」


スッ……。





涙にキスをした。




―――――



俺の涙は、
出るだけ出ると

少しずつ

俺を冷静にした。


ここに住む?

悠と一緒に?


あ――そうだ。

今、俺の目にキスしたよな。


キス……

目の次は、

どこへするんだろう。



そりゃ、あそこでしょ。



ほら、あるじゃん。


メジャーな場所が。


そして

その先は――



ヤバい。

悠の口元から
目が離せない。

カァッ……!

顔が熱い。


「……一緒に住むのは、

 まだ、早いんじゃないかな?」


動揺を隠す。


「ダメ?」
悠の眉が微かに寄る。

明らかに
意気消沈してる。


俺、
心の中では即答してるんだ。

『うん!そうする!』って。

でも、

俺、

めっちゃ動揺してる。

そのくせ、

口には出来ない

期待もしてる。



「ダメ、じゃない。

 ――けど。」


「けど?」


「……俺の心臓持つかな?って。」


「――お前。」

悠がニヤッと笑う。

照れくさそうな顔に

早速、

心臓が跳ねる。


「あーもう!
 悠、それ以上言うなよ?

 住むよ!

 ここに住みたいです!」


「ふーん。――で、
 何、考えてんだぁー?」


「言うなって言ったろ!?

 そういう奴は
 一生笑ってろ!!」


悠の脇腹をくすぐる。


「ぅわ!やめろ!

 アハハハ!やめろ!」

抵抗しながら笑う悠。


5年前は
まだ中学生だった俺たち。


大人になって

また、

笑い合ってる。


めちゃくちゃ

――幸せだ。


「反省するまでやめねーぞ!」


「やめろって!アハハハ!


 ――なーんて、な。」


笑い声がぱたっと止む。


「え?」


悠が舌を出して

俺を見てる。

「俺さ、実は、
 脇腹なんともねーんだよな。」

グイッ!

くすぐっていた手を
掴まれる。

トン……。

悠の肩に
頬が触れる。

静かな声が
耳元に落ちてくる。

「5年前も、な。」


あの頃も、

悠のクシャっとなる顔、
腹から出る笑い声、

それが欲しくて

よく、くすぐってた。


それが……

「え。くすぐったくないの?」


「――全く。」

悠が肩をすくめる。


「うそつけ!
 じゃぁ、何で笑ったんだよ!」


「単純に、嬉しくて。」


なんだ、それ。

めちゃくちゃ恥ずかしい。

転がしてたつもりが

転がされてた、って?


「――悠、お前、
 焙煎師よりも
 ペテン師の方が
 向いてんじゃね?」

「はい?」


「ひねくれ眼鏡じゃなくて
 “インチキ眼鏡”だな。フン。」

「誰が“インチキ眼鏡”だ!」

悠の手が
勢いよく俺に伸びる。

今度は
俺がくすぐられる。


「ぅわ!やめろ!
 俺はマジだ!やめろって!」

「だからやってんだよ!」


必死の抵抗も
くすぐったくて
力が入らない。

もう、
身を任せて

存分に笑い転げるしかない。


苦しいのに
嬉しい。


なんだこれ。


こんな笑い方、

大人になってから
したことなかったな。




さて、明日から
荷物まとめなきゃ。


俺の小さな部屋の。