違うのは、
お互い
“大人”になった――
ってこと。
見つめ合う慎の顔が
ニッと笑う。
なんだよ、
あの頃のまんまじゃん。
つられて俺も、ニッ!
懐かしさが温かい。
“少しだけ”
大人になった――
だな。
慎の指先が
そっと
俺の傷跡に触れる。
「リハビリに5年――か。
気が遠くなるな。」
「あぁ……
退院後も、
動けるようになってからも、
納得いくまでは通ってたんだ。」
「納得?クスッ……悠らしいな。」
「うーん。意地だな。
お前には、
元通りの俺で会いたくて。
はぁ……
――つまんねぇ意地。」
慎が目を丸くする。
「つまんなくねぇぞ?」
ずいっと
慎に近づき、
その目を覗き込む。
「つまんねぇよ。
余計な遠回りだ。」
慎が俯く。
少し考える素振り。
また、
俺を真っ直ぐ見る。
「遠回りだったとしても、
これで良かった。って思ってんだ。
――俺都合で悪いんだけど。」
「俺都合?」
慎の手が
俺の指を掴む。
優しく
指の腹で、撫でる。

とても大事そうに――
「悠、聞いて。
俺、思うんだ。
その時に会ってたら、
今みたいな関係は
難しかったかもしれない。」
慎が
優しく触れている
俺の指。
心地いい。
一時は
痛みも何も感じなかった指。
もう、あの頃みたいには
ギターを弾けない指。
俺が、
最初に
苦労して取り戻した
この――指の感覚。
慎が続ける。
「助ける側。
助けられる側。 って
その境界線が出来てたかも。
それってさ……
実際、分かんないけど、
中学生なんかで
その線が出来ちゃったら
そのままになっちゃうっていうか……
ちょっと、
分かんねぇんだけど
多分、そんな気がするんだ。」
ふと、
想像する。
俺の脇を抱えて歩く慎。
強ばる筋肉をマッサージする慎。
シャツのボタンを手伝う慎。
「ごめんな、ありがとう。」
「いいんだよ。」
って言い合う俺たち。
その先は――
あ。
想像できない――。
それが、
少し、怖い。
トットットットッ……
心臓が、
駆け足してる。
これは多分、
すごく動揺してる。
想像して、
その先が見えなかったことが
こんなに怖いなんて。
俺の頬に
温かさが触れる。
慎の頬だ。
すりっ……と優しく
また
触れる。
「……慎?」
離れる。
また、
優しく触れる。
ほのかな温もりと共に
落ち着いた声が
俺の耳に落ちてくる。
「そうなってたとしても――
俺は多分、
悠の傍にいるはずなんだけど、
でも俺、
こんな風に、
お前に触れないかもしんない。
ホント、俺都合っ……悪い……。」
慎の後頭部を
ポン……ポン……とやる。
多分、
また泣いてるんだろう?
ポン……
ポン……

慎の息遣いと一緒に
頬に響いてくる
その言葉。
「悠、ありがとうな。
さっきは、
超ムカついたけど――
お前の意地ってやつ?
そのおかげで、
今の――この瞬間があるって
伝えたかった。
サンキュ……な?」
スッ……と
慎の頬が離れる。
その代わりに
額が触れ合う。
まつ毛が
ぶつかりそうになる。
目を閉じ
お互いの温もり、
息遣い、
そして
存在を、肌で感じる。
まつ毛の隙間から
お互い
目線を絡み合わせる。
何だか、
照れくさい――
耐えきれずに
声が漏れる。
「なぁ、慎。」
「なに?」
「いつまでこれやんの?」
「クスッ……それな。」
目が合ったまま
微笑み合う。
どちらも
何となく動けない。
その時――
ガチャッ。
カラン……
2人してドアの方を見る。
顔を見合わせる。
「今……」
「音がしたな……」
またドアを見る。
「しっ……」
人差し指を
お互いの口元に当て、
音を立てないよう立ち上がる。
パタパタパタ……
音が近づいてくる。
カチャ……
ドアノブが回転する。
「泥棒かな……」
コソッと慎が呟く。
ゴクッ……
ガチャッ!
「兄ちゃん、いる?」
「げ……。恒(こう)!」
―――――
“兄ちゃん”
そう言って
ドアから
ひょこっと顔を出したのは
こんがりと日に焼けた
活発そうな高校生。
悠が、“恒”と呼ぶ彼は、
コンパクトな悠に比べて
しっかりとした体躯。
覇気のある声。
軽くセットされた短髪。
“The男子”
って言葉が似合う
面持ちをしていた。
「え。こんなに似てない弟いる?」
ちょっと笑う。
「うるせぇ……」
悠が、
俺の脇腹を肘で小突く。
恒が小さく会釈する。
「弟の恒です。」
俺もペコッと頭を下げる。
「あ、はじめまして。
慎っていいます。」
「あの……
兄ちゃん、なんで服着てないの?」
「え?あぁ、着替え中。」
ぶっきらぼうに言うと、
悠は、
俺の貸したパーカーの
ジッパーをさっと上げた。
足元には、さっき俺が
ティッシュ代わりにした
ワイシャツが
くしゃっと落ちている。
それを悠が
部屋の隅っこへ
ペンッ、と蹴っ飛ばす。
凄いスピードで
ベタベタのワイシャツが
滑って行った。
どうしよう……
笑いを堪えるのが
もう限界に近い。
察した悠が
小さく咳払いをする。
おっと……
危ない危ない。
悠の腕が
俺を後ろへ軽く押す。
自然と俺は
悠の後ろになった。
悠越しに
そっと恒を覗く。
バチッ
目が合う。
遮るように
悠が恒に言う。
「珍しいな、うちに来るなんて。」
「まぁね。ほら、課題。
担任から預かったんだ。」
「おー、サンキュ。
じゃ、気をつけて帰れよ。」
え。そんなあっさりと。
わざわざ届けてくれたのに。
「えー。俺、珈琲飲みたい。
兄ちゃん、淹れてきて。」
返事を待たずに
ソファに座ると、
“ほら早く”という目をした。
弟も負けてない。
さすがというべきか
何と言うか……。
つい、
ニヤニヤしてしまう。
「はぁ……マイペースな奴だな。
飲んだら、さっさと帰れよ?」
「はーい。」
「――慎、行くぞ。」
「え?俺、待ってるよ。
行っても立ってるだけだし。」
「いや……ほら、行くぞ?」
何でそんなに
連れていきたがる?
チラッと恒を見る。
恒も俺を見る。
その目が少し微笑む。
あ、笑った目が
悠に似てるな。
また、悠が、
俺を後ろに退けようとする。
小声で言う。
「さっきから、なに?」
「別に。」
機嫌が悪いっていうか、
なんか、
ピリピリしてるなぁ……
「悠?俺、待ってるから
行っておいでよ。」
「はぁ……何かあったら呼べ。」
悠はため息をついて
出ていった。
―――――
「ね、慎さん、
兄ちゃんいっつもあんな?」
「え?そうでもないよ。」
「着替え中……シャッ!。」
恒が、眉をひそめ、
パーカーのジッパーを
上げる悠の真似をする。
「ブハッ……似てる!」
恒と2人きりで
どう過ごそうかと
頭をよぎったものの、
なんてことはない。
話しやすい子で助かった。
「立ってないで、座って?」
恒が自分の隣を指さす。
「うん。ありがとう。」
腰を下ろす。
「俺、兄ちゃんとクラスメイトなんだ。」
「あぁ、そういうこと?」
「……結構モテる。」
俺に
コソッと耳打ちする。
「そうなんだ。
まぁ、分かる気はする。」
「でも、超塩。」
「アハハ、それも何か分かる。」
「そこがいい、とか言われてる。
女子ってよく分からん。」
「プッ!想像つきすぎる!」
恒の話に
自然と俺の笑い声も弾む。
パチッ……
ふと、目が合う。
恒の目が
俺をじっと見る。
そんなに
真っ直ぐ見られると
少し、くすぐったい。
「――ん?何?
俺に穴が開いちゃうよ。」
おどけて笑ってみせる。
「ふーん。
やけに張り切って
働いてると思ったら……
こりゃ、
オーバーワークになるな。
わかるわ。」
「え?」
「いや、深い意味はないっす。
てか、慎さん、カッケーっすね。」
「カッケ?」
“かっけ”とは……?
カップ麺食べ過ぎた
大学生がなるやつ?
足がコンッて
上がる上がらない、の?
一瞬、分からない。
何だか急に不安になる。
「恒くん、
ちょっと俺の膝
コンッてやってみてくれる?」
「は?違いますよ!
カッコイイ、って
言ってるんです。」
恒がくしゃっと笑う。
「え、カッコイイって……俺が?」
「うん。見た目ももちろんだけど、
落ち着いてて、優しくて。
話しやすくて……
――声もイイ。」
ぶわっ……
顔が赤くなるのが
自分でも分かる。
「それに――シャイ。」
恒が
上目遣いで
俺を覗き込む。
――あれ?
なんだか、
とても
まずい気がする。
「えっと……恒……くん、
ちょっと、近いかなぁ……」
頭を少し後ろに引く。
すいっと
距離を詰められる。
また、
後ろに引く。
ひぃ……なんなんだ!?
恒の手が
俺の前髪に触れる……
――その時、
「うわっ!熱っ!!」
恒が叫ぶ。
そっと目を開ける。
湯気立ち上るカップを、
後ろから
恒の頬にくっつけてる
悠の姿。
これこそが
仁王立ち――。
「相変わらずの節操なし!」
悠の怒声が
落雷の如く
落ちてきた。




