君の世界の話をしよう。



「なんか、いろいろ、
 話すことがありそうだな。」

そう言って
慎は笑ったけど

何から、

どんな風に
話せばいいんだろう。



戸惑ったって、

俺の目の前に

現実は、

慎は、

いる――。



ソファに腰を沈める俺。

その俺を見下ろし立ってる慎。



しかも俺は、

上半身、
何も着てないのだが?


あー……


さっき、
焦ったとはいえ、
脱ぎ捨てるんじゃなかった……。

どこいった?

確か、

ポイッ!って
後ろ手で投げたな。

うん。

そう、投げた。




パサッ……

頭の上に
柔らかいものが乗っかる。

「――あ。」

慎の羽織ってたやつだ。

するっと手に取り、
慎を見上げる。


「とりあえずそれ、着てろよ。
 汗かいたし、冷えるだろ?」


どんな?って言われたら
困るけど、

ふわっと
慎の香りがする。


「――匂い、嗅ぐなよ?」


「嗅がねぇよ!
 じゃ、借りるわ。」


袖を通す。

まだ、
ほんのり温かい。

自然と笑みがこぼれる。

「……この服さ、
 前はまだ
 ブカブカだったよな。」

クスッ。



「――え?」


「え?」

あーーーーっ!!

やべぇ。



―――――


――5年前。


散々苦戦しているが、
リハビリの甲斐あって、
俺の指は
少しずつ動くようになった。

掴む動作も、

ゆっくりなら
できるようになっていた。


食事や着替えは
何とか――

上半身だけは
自分で
やってみよう。

ってところまできた。


若さって凄いらしい。

指を使う勘も、
固まった関節を動かす柔軟さも

着実に
取り戻してる体感がある。


起きて居られる時間も
ほんの少しだけ、伸びた。


一日のほとんどを
眠って過ごしていたのに。


退屈だな、って
思う瞬間が
ちらほらと出来た。

当たり前に生きてたのに。

人って、
指ひとつ便利に使うのすら

こんなに大変なんだな。


頭ん中じゃ
やれてるのに、

油断すると

指をすり抜けて

落っこちる。


車椅子の卒業は
まだまだ先だと言われた。


足腰の骨がまだ
リハビリを始める段階にも
来ていないようだ。


今の俺は、
誰かの助けがないと

行けないんだ。


あの路上に――。



オッサンが
時々連れてきてくれる。


近頃は、
診察の時間は
ここへ来ることになっていた。


これも、
リハビリの一環らしい。


今日も、
かつて俺が
ギター抱えて座ってた場所を

じっと眺める。


すうっと深呼吸する。

「絶対、戻る――。」

自分に向けて呟く。




こないだ来た時は

真夏のはずの此処が、

アスファルトの
湿った熱気なんて
すっかり忘れたように――

サラサラと
落ち葉を舞わせ、

涼しい顔して

ビタミンカラーを
身にまとっていた。


起きたら、秋になってた。
――驚いた。

他にピッタリな語彙は、ない。



今日は……

まだ、秋のままだ。

ホッとする。



ボロボロの身体を
持て余し、

起き上がること、

いや、
目を開けることすら

放棄していた

――あの日。


あの時、
慎を見つけなければ

俺の転機は、
なかったかもしれない。



「彼は――今日も来ているね。」

オッサンが耳打ちをする。


僅かに顔を動かし
深く被ったフードから

チラッと見る。


慎が立ってる――。

学校が休みの日も

ここへ来てるのか。


しかし、
その上着は何だ?

慎は大きなパーカーを
羽織っていた。

路上を眺めながら、

パタパタと
袖を振っている。

そして、

誰かに呼ばれたかのように

振り返り、
駆けていった。



確か、
兄貴いるって言ってたな。

大好きで尊敬してるって。


慎にここで出会った日――

その兄貴が家を出るって
言ってたっけ。




―――――


「ブカブカだったって
 なんで知ってるんだ?」

慎が驚く。

「えっと……そんな気がしただけ。」

苦しい、言い訳。


あー、もう、



やめよう。



あれこれ、

隠すの

疲れた。


それにもう、

扱いきれない。


「認める!ごめん!

 俺、実は、

 意外と……
 何度も……

 お前に会ってるんだ。」


「はぁ!?」

慎から感じる、
驚きと若干の怒り。

ドカッ!
慎が俺の隣に
勢いよく座る。

俺の目は
ショボショボと
何度も瞬きをした。


「どういうことだ?

 ――まず、
 そこから話してもらおうか。」

静かな低い声。

あの頃の可愛い声は
どこへいった?


ゴクッと息を飲む。

もう、潮時だな。


「実は、何度も、
 お前に会ってる。
 
 あの路上に、
 俺も通ってたから。」


「――でも、見かけたことないぞ。」

「分からなかったんだよ、きっと。」

「そんなはずないだろ。

 お前が立ってたら、
 普通に気づくわ。

 何言ってんだ?」


苛立ちを含んだため息。

でもさ、俺だって……。


「怒るなよ……。
 俺、ずっと車椅子だったし、

 髪も伸び放題で……

 筋肉落ちてガリガリだったし……

 とにかく、
 見せたくなかったんだ。」


慎が息を飲む。
俺の目をじっと見る。

ゆらっと
瞳の光が揺れる。

「うん――。

 うん……、うん……、
 
 でもさ、俺だってさ、

 ずっと会いたくて探してた。

 もう、

 会えないんじゃないかって

 もしかしたら、

 この……世の中……っ……

 どこを探してもっ……

 ……本当は

 居ないんじゃ、ないか……って。」


慎の声が
嗚咽に近くなっていく。


「――慎?」


慎の瞳から
大粒の雫が
パタパタと溢れる。


「優しい大人たちが

 優しい嘘を、

 言ってるんじゃないかって……


 お前はもう居ないって


 俺には言えないって……


 ひた隠しに
 してるんじゃないかって……

 ――なのにっ……

 お前、近くに居たのかよ……!


 俺の……


 俺の5年は……っ

 何だったんだ――……」


パシッ!

慎が、
手に触れたものを
クシャッと掴んで
俺に投げつけた。


俺がさっき脱いだシャツだ。


シャツを膝の上に置き、

慎に手を伸ばす。


指先を引っ込め、

2度、

3度、

小さく

その手が躊躇う。


そっと。

親指の腹で

慎の涙を拭う。



「ごめん。本当にごめんな。

 俺の、
 くだらないプライドだった。

 お前の気持ち、

 考えられるほど

 まだ大人じゃなかった……。



 ダサくて――ごめん。」



慎が泣き崩れた顔で
俺を見る。

あふれる涙は
まだ止まりそうにない。


次から次へと

滴り落ちる。


不謹慎にも

俺は、

その雫に
目を奪われていた。


親指の先に触れる

熱い雫――

その熱さは
拭っても
拭っても

俺たちの間に
落ちていく。


「……慎、ごめんな?」


すっ――

慎の両腕が
俺に向かって伸びる。

応えるように
俺の腕も慎へ向かう。


もう少しで
慎を、
心から抱きしめられる。


触れそうになった瞬間、

慎が
視界から消える。



「ブーーーーッ!!」

俺の膝の上で

慎が、

俺のシャツで、

鼻を噛んでいる。


俺の……

シャツ……


「ぅわ!お前何やってんの!」


「ブーッ!グスッ……
 ブーッ!ブーーーーッ!」


「ちょっ……おい!
 バカか!やめろよ!」



シャツをひったくる。

言葉には出来ない。
汚すぎて。

「お前……これ……」

「ふん、これで許してやる!」

「え?」

「俺の気持ち、
 分かれなんて言わない。

 お前、必死だったんだろ?

 でも俺も必死だったんだ。

 こっそり自分だけ
 俺を覗き見てた罰だ。」


ククッ……!
俺の口から
笑いが飛び出る。

「アハハハ!ひでぇ!」





ひとしきり笑い合う。




5年前と同じように。



違うのは、

お互い

“大人”になった――

ってこと。


それだけだ。