【ゲームスタート】
20時30分。マツエ駅のサウスゲート(南口)で機体を止めた瞬間、ハッチが勝手に開いてオブジェクトが滑り込んできた。
外套を羽織った30代前半とおぼしきサラリーマン。絵に描いたような仏頂面だ。端末の時計は20:30を指している。
ターゲットの音声入力は、一言だけ。
「9時までに、出雲空港」
その瞬間、俺の脳内プロセッサ(元新聞記者の全県移動データ)が弾き出した結論は「28キロ、29分30秒。詰み(チェックメイト)」だ。
自律神経が一気にバグって、心拍数が72から一気に98まで跳ね上がるのが分かった。
左手でステアリング横のコラムシフトを1速へぶち込み、床面のデジタルカウンターを「740」の赤文字へ反転させる。初乗り運賃のパルス点火だ。
20時34分、マツエ中央のゲート(料金所)を手動の通行券決済で突破。
2速、3速、4速、5速。コラムMTのギアが噛み合うたびに、総駆動120万キロを越えた老コンフォートのボディが悲鳴をあげる。
アクセルペダルを床まで100%踏みちぎると、4気筒のLPGエンジンが3500回転の金属音を室内に撒き散らした。
速度計の針が、時速100キロの絶対防衛線に張り付く。
20時41分、高速回路の直線。
時速105キロ。その領域に達した瞬間、後ろのトランク底面に鎮座する高圧LPGボンベのあたりから、金属がぶつかり合う「バコン、バコン」という不穏な衝撃音が響き始めた。
鼓膜を震わせる10ヘルツの振動。恐怖で右足の大腿四頭筋が硬直して、あくせる開度が無意識に数パーセント縮む。
バックミラーを覗くと、仏頂面のサラリーマンの眉間が2ミリほど狭まっていた。あいつも遅刻の言い訳でも考えてやがるんだろう。車内の湿度が、奴の焦った呼気でじっとりと上がっていく。
会社がインパネにビス留めした、安物の後付けプラスチック製ドリンクホルダーが、エンジンの振動と同期して「ジジジジ」と鳴り、中の微糖缶コーヒーの液面が狂ったように共振していた。
20時48分、玉湯を過ぎたあたりの緩い下り坂。
重力に引っ張られて、速度計の針が時速118キロを指した。
その瞬間、後ろのボンベからの悲鳴が「ボゴン、ボゴン!」と強烈な音圧に変わった。シートを通じて、15ヘルツの微振動が俺の脊髄をダイレクトに突き上げる。
脳内エミュレーターが「高圧配管の破裂、または固定ボルトの断裂」という最悪のログを35%の確率で予測した。
(こええよ、マジで壊れるッッ!!!)
右の足底をブレーキにコンマ5ミリ触れさせ、強制的に時速100キロの安全ラインへ引き戻す。
20時56分、宍道から空港道路へ流出。
赤信号のR431交差点を無理やり左折。発生した横Gで、センターコンソールのないフラットな前席ベンチシートの上を、俺の身体が左へ滑りそうになる。腹直筋と外腹斜筋を思いきり収縮させて、ハンドルにしがみついた。バックミラーの中では、客の身体が右に15度傾いている。
20時58分20秒。Iエアポート(出雲空港)の出発ロビー前に機体を完全停止。
料金メーターの確定表示は「8,180円」。大台突破だ。
客は無言のまま、質量を車外へ離脱させた。自動ドアが閉まる。
通常の世界線なら、20時半に閉鎖されるはずの地方空港だ。21時発のフライトなんてあり得ない。だが、ゲーム(この世界)だからそれでいい。奴は間に合った。
20時59分、自腹決済フェーズ。
受け取った万札から、メーターの8,180円だけを領収書として印字。
自分の財布を開け、中から野口英世を1枚引き抜いて、会社の運行管理袋へ放り込む。手動で一般レーンを支払った高速代、960円の補填だ。
財布には、お釣りの40円硬貨が逆流してくる。個人資産は960円の純減。
だが、心拍数は毎分68の定常値へ戻っていった。
ダッシュボードから、緑色の100円ライター(残量半分)をピックアップする。
親指でフリントを摩擦すると、暗い車内に20ミリの炎が灯った。ブタンガスの焦げた匂いが、鼻腔のセンサーをチクリと刺激する。
21時15分、帰路の待機所。
一畑クラン(一畑タクシー)の車両が並ぶ、橋北エリア(南平台方面)の夜景を遠くに見つめながら、120万キロのアイドリング(800回転)を尻の触覚で感じていた。ベテランの先輩と雑談。「ワシならそのミッションは無理ゲー。よう乗せたな」
【ゲームクリア】
20時30分。マツエ駅のサウスゲート(南口)で機体を止めた瞬間、ハッチが勝手に開いてオブジェクトが滑り込んできた。
外套を羽織った30代前半とおぼしきサラリーマン。絵に描いたような仏頂面だ。端末の時計は20:30を指している。
ターゲットの音声入力は、一言だけ。
「9時までに、出雲空港」
その瞬間、俺の脳内プロセッサ(元新聞記者の全県移動データ)が弾き出した結論は「28キロ、29分30秒。詰み(チェックメイト)」だ。
自律神経が一気にバグって、心拍数が72から一気に98まで跳ね上がるのが分かった。
左手でステアリング横のコラムシフトを1速へぶち込み、床面のデジタルカウンターを「740」の赤文字へ反転させる。初乗り運賃のパルス点火だ。
20時34分、マツエ中央のゲート(料金所)を手動の通行券決済で突破。
2速、3速、4速、5速。コラムMTのギアが噛み合うたびに、総駆動120万キロを越えた老コンフォートのボディが悲鳴をあげる。
アクセルペダルを床まで100%踏みちぎると、4気筒のLPGエンジンが3500回転の金属音を室内に撒き散らした。
速度計の針が、時速100キロの絶対防衛線に張り付く。
20時41分、高速回路の直線。
時速105キロ。その領域に達した瞬間、後ろのトランク底面に鎮座する高圧LPGボンベのあたりから、金属がぶつかり合う「バコン、バコン」という不穏な衝撃音が響き始めた。
鼓膜を震わせる10ヘルツの振動。恐怖で右足の大腿四頭筋が硬直して、あくせる開度が無意識に数パーセント縮む。
バックミラーを覗くと、仏頂面のサラリーマンの眉間が2ミリほど狭まっていた。あいつも遅刻の言い訳でも考えてやがるんだろう。車内の湿度が、奴の焦った呼気でじっとりと上がっていく。
会社がインパネにビス留めした、安物の後付けプラスチック製ドリンクホルダーが、エンジンの振動と同期して「ジジジジ」と鳴り、中の微糖缶コーヒーの液面が狂ったように共振していた。
20時48分、玉湯を過ぎたあたりの緩い下り坂。
重力に引っ張られて、速度計の針が時速118キロを指した。
その瞬間、後ろのボンベからの悲鳴が「ボゴン、ボゴン!」と強烈な音圧に変わった。シートを通じて、15ヘルツの微振動が俺の脊髄をダイレクトに突き上げる。
脳内エミュレーターが「高圧配管の破裂、または固定ボルトの断裂」という最悪のログを35%の確率で予測した。
(こええよ、マジで壊れるッッ!!!)
右の足底をブレーキにコンマ5ミリ触れさせ、強制的に時速100キロの安全ラインへ引き戻す。
20時56分、宍道から空港道路へ流出。
赤信号のR431交差点を無理やり左折。発生した横Gで、センターコンソールのないフラットな前席ベンチシートの上を、俺の身体が左へ滑りそうになる。腹直筋と外腹斜筋を思いきり収縮させて、ハンドルにしがみついた。バックミラーの中では、客の身体が右に15度傾いている。
20時58分20秒。Iエアポート(出雲空港)の出発ロビー前に機体を完全停止。
料金メーターの確定表示は「8,180円」。大台突破だ。
客は無言のまま、質量を車外へ離脱させた。自動ドアが閉まる。
通常の世界線なら、20時半に閉鎖されるはずの地方空港だ。21時発のフライトなんてあり得ない。だが、ゲーム(この世界)だからそれでいい。奴は間に合った。
20時59分、自腹決済フェーズ。
受け取った万札から、メーターの8,180円だけを領収書として印字。
自分の財布を開け、中から野口英世を1枚引き抜いて、会社の運行管理袋へ放り込む。手動で一般レーンを支払った高速代、960円の補填だ。
財布には、お釣りの40円硬貨が逆流してくる。個人資産は960円の純減。
だが、心拍数は毎分68の定常値へ戻っていった。
ダッシュボードから、緑色の100円ライター(残量半分)をピックアップする。
親指でフリントを摩擦すると、暗い車内に20ミリの炎が灯った。ブタンガスの焦げた匂いが、鼻腔のセンサーをチクリと刺激する。
21時15分、帰路の待機所。
一畑クラン(一畑タクシー)の車両が並ぶ、橋北エリア(南平台方面)の夜景を遠くに見つめながら、120万キロのアイドリング(800回転)を尻の触覚で感じていた。ベテランの先輩と雑談。「ワシならそのミッションは無理ゲー。よう乗せたな」
【ゲームクリア】



