あのとき助けたのって俺じゃないんだけど。

一時間目の休み時間、悠生がトイレに行っている間。

西原が「ちょっと!」と言って、俺の腕をとり、ひとけのない西側階段へ引っ張った。
かなり力が強いから、ほとんど引きずられている。

俺の腕を離すと、西原は正面に立って、睨むように俺を見下ろす。
なになに?なんか怖いんだけど!

「あれ、なんだったんだ?!」

西原が喚く。

「あれって?」

「高橋だよ!髪だよ!」

「あー!短くなったよな。似合ってる」

俺がのんきに言うと、西原は「あー!もう!」と言って、両手で頭を抱えた。

「だって!昨日の今日じゃん!いやいやいや、あからさますぎて笑えるわ」

「ん?」

「だって、春田が俺の髪かっこいいって言ったからだろ?」

「……あー、うん。実は俺も最初、それ思ったんだけどさ」

西原が何を悶えているのか理解したから、俺はうんうんと頷いた。
両手で西原の肩をたたく。

「悠生が俺のひと言で髪切るわけないでしょ」

「いやいやっ!」

「ていうか、たぶん悠生、好きな子いると思う」

「は?」

西原は信じられないというようにポカンとしている。

なんだ、西原。
おまえほどの男が、その程度のこと分からなかったのか?

「だって、かっこいいと思われたかったって言ってたじゃん?そう思う相手がいるってことだよ」

「それはもう明らかに…」

「たぶん、クラスの女子じゃないと思う。話してるとこ見たことないし」

「ちょっと、春田、おい」

「違うクラスか、他校か……三枝や橘みたいに大学生とかかもしれないな」

「いや、違うだろ」

「そうだよな。好きな子…ていうか彼女かも」

「……は〜、まじか」

「え?どしたん?」

西原は両手に腰を当てて、大きなため息をついた。
そんなにショックだったのか?

『かっこいいと思われたかっただけ』

そう言ったときの悠生、まじでかっこよかったよな。
それにちょっと、いや、かなり可愛く見えてしまった。
かっこいいのに可愛いってずるくない?
好きな子のことになるとそんな顔するんだ。
思い出して、自分の胸をなでた。




教室へ戻り、席につこうとすると、悠生が俺の腕をつかんだ。

「どうした?」

掴まれた手と、悠生の顔を順番に見つめる。
その顔はなんだか不安そうで、つい、垂れた耳としっぽを想像してしまう。

「麻人、西原に引っ張られていったって聞いたから」

「あ、うん。ちょっと話っていうか、近況報告的な?」

まさか、悠生のことを話してたとは言えず、笑ってごまかした。
それでも悠生の顔から不安は消えない。
どうしたんだろう。仲間外れにされたと思った?

「麻人」

「うん」

「今日、一緒に帰るよね?」

「うん。…うん?」

「約束ね」

悠生がニコッと笑った。
……まぁ、いいか……

「今日バイトないの?」

「バイトは土日がメイン。平日はほぼないよ。昨日は急遽ヘルプ頼まれたから」

「ふーん……あ、ごめん。今日部活だ」

「待ってるよ」

「え、いいの?だって橘や三枝は?」

この前は一軍三人衆で帰ってたから、てっきり俺もそこに混ぜてもらうのかと。
首を傾げると、悠生は穏やかにふんわりと笑った。

「いいよ。麻人と2人で帰りたいから」