あのとき助けたのって俺じゃないんだけど。

俺は園芸部の水やり当番のため、いつもより30分以上早く登校した。
花柄の農家ルックの帽子が活動の目印だ。
ちょっと恥ずかしいけど、この帽子がうまいこと顔を隠してくれるし、さすがにもう慣れた。
校庭の端で、ひそかに花を愛でてるやつなんて、だれも気にしていない。

今日は季節外れの暖かさだ。

「あっつ!」

水の入った重いジョウロを持って、水道と花壇を3往復もするとじんわり汗をかいてきた。
今は水仙が終わり、チューリップが花開いたところだ。

「あ!キンギョソウとペチュニア、芽が出てる〜」

春休みに種を蒔いたやつだ。
つい「ふんふ〜ん」と鼻歌をうたった。



思いのほか時間がかかってしまい、教室に入ったのは始業5分前。
西原と挨拶を交わして席につく。
額の汗をハンカチでぬぐっていると

「麻人、おはよう。寝坊?走った?」

悠生が話しかけてきた。

うん?やけに優しげだな。
それになんか……昨日と目つきが違うっていうか。
柔らかい?

話しかけられると思わなかったし、昨日とはうってかわった態度に、思いがけず心臓がはねる。
なんなんだ、一体。
横目でじっと見つめていると、悠生は顔を動かさないまま目を逸らした。

「……うん、おはよ。いや、園芸部の水やり当番だった。今日暑いから、たっぷり水あげてきた」

すると、教科書の準備をしていた西原が振り返って、俺にずいっと顔を寄せた。

「ほんっと花好きなんだなー!オレも山登ってるとき、山の花見つけて調べるから、自然と覚えるよな!」

「うん、山の花ってちょっと珍しいし、でも素朴でいいんだよな。俺も好き」

答えた瞬間、悠生が俺の右肩に手を置いて、グッとうしろに押し引いた、気がした。

ん?

驚いて振り向くと

「麻人、園芸部なの?」

急に不機嫌になった顔で、俺の顔を覗き込んでくる。

ち、近い!
情緒不安定かよ!

西原も目を見開いている。

「う、うん」
「ふーん。……ん?なんか麻人、いいにおいする」

そのまま俺の首元にくっつきそうな勢いで、その形のいい鼻を近づけてくる。
俺はとっさに、肩にのった手を振り落として、体をそらした。

「いやいやいや!汗かいてるから臭いでしょ!」

うわ〜!顔熱い。
赤くなってたら恥ずかしすぎる!
いや、何か言われたら暑さのせいにしよう。
まったく、イケメンは自分の顔の破壊力を自覚してほしいもんだ。

黙ってやりとりを聞いていた西原が

「えっ?2人ってもともと知り合いなの?」

と聞いてきた。
俺は急いで首を横に振って

「昨日が初めてだけど」

と答える。
西原は俺と悠生の顔を交互に見て、首を傾げた。

「なんか、やけに仲良いじゃん?昨日知り合った人の距離感じゃないよ」

「そっ!そんなことは!」

慌てて否定すると、悠生は

「これからすっごい仲良くなる予定だから!」

と西原に向かって宣言する。
西原は目を見開き、信じられないものを見たように、目を瞬いて言った。

「え〜なにそれ?訳分かんねぇ」

いやいや、訳分かんないのは俺なんだけど!
なに、この状況…
めちゃくちゃ恥ずかしい!

チャイムが鳴り、西原は不審そうに俺たちを見ながら前を向いた。
俺はなんだか悔しくて、仕返しとばかりに悠生の左肩を掴み、ぐいっと顔を近づけた。

「ていうか!悠生のほうがいいにおいするじゃん」

悠生だけに聞こえるように小声で言うと、悠生は静かに自分の顔を両手で覆った。
そして、くぐもった声で

「やばー!ダブルでくらったー!」

と小さく叫んだ。
どうやら仕返しが成功したっぽくて、俺は「ふふん」と得意げに笑った。
でもだいぶ恥ずかしくて、俺の顔、もう確実に赤くなってるから俺もそれなりにくらってるんだけど。