あのとき助けたのって俺じゃないんだけど。

ガヤガヤとした教室に入ると、すでに半数くらいは席が埋まっている。

1年のときも同じクラスだったやつがいて「おー春田じゃん!よろしくー」と声をかけられた。
話したことは数えるほどしかないが、軽く手をあげて「うん、よろしく」と答えてから、教壇の座席表をチェックする。

真ん中の列の一番後ろ……まぁまぁいいな。

両隣と前の席は知らない名前だった。 
机にリュックをおろし、椅子に座った。

左隣は本を読んでいるおとなしそうな女子だ。ちらと俺を見るが、何も言わず、手元の文庫本に視線を戻した。

前の席の男子が振り返る。
短く刈り上げた黒髪で、野球部かサッカー部といったところだろうか。
よく日焼けしていて身長が高く、その広い肩や背中にしっかりと筋肉がついているのが分かる。

「オレ、西原裕貴。よろしくな!」

「春田麻人。よろしく。……何部?」

「登山部!」

なるほど…読みが外れた。
というか思考が単純すぎた?

「すげー!強そう」

「あはっ!強そうってなに?はじめて言われたんだけど〜」

「熊と戦えそう、みたいな?」

「さすがに熊は無理!逃げる」

西原は人好きする顔でニカッと笑い、きれいに並んだ白い歯が見えた。

「春田は?」

「えーと……園芸部」

「へー意外!」

ちょっと言い淀んだ俺に、西原は遠慮なく言った。

……まぁ似合わないんだろう。
俺みたいな男が花を愛でるなんて。

でも!

夏は地獄だけど、自分が咲かせた花だと思うと、心が和むんだよな〜

「意外と楽しいよ」

「いや、ごめん!そういうんじゃなくて、なんとなく文化部か帰宅部かなって。全然日焼けしてないし、肌すげー白いじゃん」

…そうかな。
自分の頬に手を当てる。

そもそも園芸部は文化部って認識であってるんじゃないか?
絶対、運動部ではないわけだし。

ただ、何もすることがないときは、健康づくりと称して、室内で筋トレなどさせられるときもある。
まぁ、たいして筋肉はつかないんだけど。

日焼けのことを指摘されたのははじめてだ。
確かに部活中は、農家の女性がするような花柄でツバの大きい帽子をかぶっている。
これは園芸部のユニフォームのようなものだ。かぶらないと部活をさせてもらえないから。

それにしても、西原はその大柄な印象に似合わず、人の心の機微に敏感なようだ。
なんとなく、そう感じた。

考え込んでいると、西原がじっと俺の顔を見つめている。

「春田ってさ……」

「え?なに?」

「うーん……いや!やっぱいいや!そういや担任だれだろうな〜」

妙に気になる言い方をして、西原は前に向き直った。
俺の顔、そんなに変?なにかついてる?
鏡でも見てこようか。

それにしても、さっきから廊下のほうが騒がしい。
そう思っていると、教室のうしろのドアがガラッと開いた。

隣の席の女子がそっちを向く気配を感じて、俺もつられて振り向く。

……あ、さっきの。

明らかに不機嫌そうな顔をして入ってきたそいつは、一つ大きなため息をついた。

ドア付近にいた、恐れを知らない女子が「あ、ゆうせい!おはよ!ゆうせいの席そこだよ〜」と言って、俺の右隣の机を指さした。
すごい、よくあんな顔したやつに普通に話しかけられるな。まじで尊敬する。

……うわ!目が合った。

と思ったら、なぜか3秒くらい、真顔でじっと見つめられた。
怖い怖い!何を考えているんだろうか。
イケメンの真顔、怖すぎ!
俺は両手で顔を覆った。いよいよ鏡を見に行くべきか。
だけど、もう始業時間だ。

さっき見た座席表を思い出す。
こいつが「高橋悠生」か。

「はーい、席つけよー」

担任が入ってきて、ガタガタと全員が席についた。
ショートホームルームで軽く担任からの自己紹介があり、次は始業式だ。
体育館へ移動するべく、一斉に立ち上がる。
教室から出るために悠生の後ろをノロノロ歩いていると、うしろからとんと押され、悠生の肩に額をぶつけてしまった。

身長は180センチを超えているようだ。

「あ、ごめん」
「別に」
「ちょっと失礼」

背中越しで声をかけて、俺の額がぶつかったあたりをパタパタと軽く払う。

初めて声を聞いた。
低音ボイスで、ちょっとビビるくらい冷たいような言い方だったけど、イケメンって声までイケてるんだな。

それにしても、クールなやつ。
だけど、耳の先がやけに赤くなっていることに気づいて、心の中で首を傾げた。