夢、とすぐに気が付いたのは、身動きが取れないままに目の前の光景を眺めていたからだ。
今日見ているのは、あの日の出来事ではないようだった。
広がる無数の田畑の横を、1人の少年が歩いていた。
その姿を見て、俊樹はすぐに、幼い頃の陽道だと気が付いた。
青く澄んだ空と、遠くに見える入道雲、鳴り響く蝉の声と眩しいぐらいに黒い陽道の肌。
あらゆる全てのものが、夏を主張していた。
彼は虫取り編みと虫籠を持って、どこかを目指して歩いている。
これから楽しいことがあるように見える姿とは裏腹に、彼の頬は少し膨らんでいて、目元もいかつく吊り上がっていた。
何か、不満げな様子。
それを見て、唐突に俊樹は記憶の扉が開いた。
ちょうど、見えている陽道の姿と同い年ぐらいの頃のことだ。
夏休みが始まったばかりだというのに、俊樹は盛大に夏風邪を引いてしまったことがあった。
当時から何度も一緒に遊んでいた陽道と、2人で虫取りに行く約束をしていたというのに、俊樹は行くことができなかったのだ。
電話で風邪で行けなくなってしまったことを伝えた時、陽道はずいぶん楽しみにしていたからか、珍しく、理不尽に怒っていた。
「なんで風邪なんか引いたんだよ」
「一緒に行くって言ったのに」
「嘘つき!」
涙を含んだ声でそう言われて、電話を切られた時は、すごく悲しい気持ちになったのをよく覚えている。
結局、次の日にはすっかり風邪が治った上に、朝から謝りに来た陽道と、そのまま遊びに行ったはずだ。
ムスッとした顔で歩いている陽道の目的地は、なんとなく分かっていた。
このまま歩いて行けば、やがて大きな森に出る。
そこで、当初の予定通り、虫取りをするつもりなのだろう。
お父さんに買ってもらったと嬉しそうに見せてくれた真新しい虫取り編みが、風に揺れてはためいていた。
誰もいない、車通りすらほとんどない道を、陽道はどんどん歩いて行く。
辺りには田んぼばかりがあるせいで、木陰のようなものは全くと言っていいほど存在しなかった。
照り付ける太陽に晒されて、帽子を被っていない陽道はとても暑そうだった。
きっと、2人でいたとしたら、うちの母が気を利かせて、迎えにきた陽道に余っている帽子を被せてやったり、2人分の水筒を持たせたりしてくれたことだったろう。
でも、おそらく今頃、当時の自分はベッドで泣きながら、母に慰められているはずだ。
介入できるわけがない過去の出来事に、少しだけやるせなくなりながら、俊樹は目の前で繰り広げられる光景を眺め続けた。
このまま真っ直ぐ進み、左に逸れていく登り坂を進んで行くと、森林が広がっている。
てっきりそちらに向かうものだと思っていたのだが、不意に、分かれ道の手前で、陽道の足が止まった。
彼は、じっと1点を見つめていた。
立ち止まったまま、微動だにすることもなく、じぃーっと田んぼの方をひたすらに見つめ続ける陽道の視線を追って、俊樹はハッとした。
田んぼと田んぼの、間。
高低差が多少あったり、畦があったりと、見るからに理由があって分けられているであろう田んぼの土地。
それらの間に、ぽつりと、不自然な程唐突に、深い緑色が存在していた。
遠目には、1つの木のようにすら見える群体。
ぽっかりと、その場所だけを人が忘れ去ってしまったかのように、伸び放題の荒れた自然が存在していた。
今となっては懐かしい、あの場所。
どう見ても繋がるような道は存在せず、あぜ道とも呼べないような田んぼと田んぼの合間を進んで、ようやくたどり着ける小さな林。
近づく程に、思っていたよりずっと大きく、広い空間があると分かる、2人の秘密基地。
そういえば、あの場所を最初に見つけてきたのは、陽道の方だった。
ちょうど風邪が治った日に、陽道に「いい場所を見つけた」と教えてもらったのが、初めて2人で入った時だった。
