「おはよう、って、大丈夫か?」
「おはよ……そんな酷い顔してる?」
結局、その後は朝日が昇る時間まで、眠ることもできないままに過ごした。
軽く触れる程度であれば問題はないものの、突いたり、衝撃を与えたりすると、途端に痛み出す腕の木をどうすることもできないまま、俊樹はベッドの上で安静にすることしかできなかった。
今日も雨が降り続いており、薄暗い朝日を目にするのは、どうも朝を迎えた感覚が乏しいな、とカーテン越しに感じながら、眠い目を擦って起きてきたのだ。
続く長雨の影響もあって、カーディガンを上から羽織っていても違和感がないのは不幸中の幸いだった。
「すげぇクマだけど……もしかして、腕、痛むのか?」
心配そうにする陽道に、俊樹は慌てて笑顔を浮かべて取り繕った。
「ううん、何でもないよ。ちょっとね、夜更かししちゃってさ」
咄嗟に誤魔化してしまい、俊樹はすぐに後悔した。
陽道であれば、この腕のことを話せば、何かしら力になってくれたはずだ。
しかし、話したところで何もできやしないという思いと、なんとなく、他人にこの状況を知らせる気恥ずかしさがあった。
なりふりを構っている場合ではない、とは理解しているが、あり得ない想像をついついしてしまったのは、眠れないまま考え込んでしまったせいだ。
この腕を見せて、陽道が気味悪がってしまったら。
そのせいで、彼が自分から離れて行ってしまったら。
今までの関係も、一緒にいられる時間も、全てが失われてしまったら。
そんな、ありもしないことを勝手に想像して、俊樹は不安になっていた。
「夜更かしって……そんなに夕と話すの楽しみにしてたのか?」
陽道の口から夕の名前が出た瞬間、俊樹は分かりやすく動揺してしまった。
思わず足を止めてしまったのは、あまりにも露骨過ぎたかもしれない。
「い、いやいや、そういうわけでもないんだけど……」
途端にフラッシュバックする、夢の中で見た夕によく似た少年の姿。
あの少年が夕である、という確証はないものの、あそこまで姿が似通っているとどうにも、関連があるのではないかと思わない方が不自然だ。
実際、彼がやってきた日から、俊樹はあの夢を続けて見ている。
「別に誤魔化さなくたっていいって。昨日あんだけ楽しそうにしてたんだし、なんか話の種にでもなりそうなもの、用意してたんだろ?」
「いやホントに、たまたま寝不足になっちゃっただけなんだよ。だから気にしないで、あはは……」
笑って誤魔化す俊樹に、陽道はまだ何か言いたげにしていたが、
「それにしても、今日も結局降っちゃったね」
明らかに話題を逸らし始めたのを見て、小さく息を吐くだけに留めてくれた。
「……そうだな。このまま土日も降るみたいだぞ。一応今夜ちょっと止むみたいだけど」
「ホント? うーん、参ったなぁ」
「ま、雨なら雨で、家の中でやれることやってたらいいさ。本でも読んだりな」
「それもそうだね。久しぶりに本屋にでも寄って帰ろうかな」
「いいじゃん。俺もなんか本買うかな」
気付けばいつもの調子に戻って、2人は呑気な会話を繰り広げながら通学路を歩いていた。
腕のことも夕のことも、気になることはたくさんあるけど、今はこのまま、何でもない会話を繰り広げていたい。
異常な事態に巻き込まれているからこそ、日常を求める俊樹だったが、その願いを嘲笑うかのように、不意に強まった雨が2人を容赦なく追い立てた。
地面に跳ね、あっと言う間に足元を濡らす雨粒に、2人はどちらともなく情けない悲鳴をあげ、駆け足で学校へと向かって行く。
しかし、雨脚はひたすらに強まる一方で、2人が学校に辿り着いた頃には、すっかり靴の中はぐちゃぐちゃに濡れ、傘をさしているにも関わらず、横殴りの雨粒が彼らの上半身をも酷く濡らしていた。
「うーわ、タオルとか持ってくれば良かったな……」
「こんな強くなるとはね……」
傘を畳み、すっかり水浸しになったローファーを見て、2人は溜息を吐いた。
雨は2人が屋根の下に入っても変わらず強く、響き渡る雨音は聞いたこともないような激しいものになっていた。
