霊園の刺傷事件の関係者である吉岡から連絡が来て、旺史が八神と連れ立って彼女に会いに行ったのは、それから1週間後のことだった。
「佐久良は高校の柔道部には入らないの?」
学校の最寄り駅から電車を乗り継いで1時間ほどかけて指定された駅に辿り着き、約束の時間までファーストフード店で時間を潰していると、八神がそんなことを尋ねてきた。
「まぁ。高校では、勉強に専念しようと思って。一応、特待生だし」
おどけた調子で肩をすくめてみせるが、それだけが理由ではない。
部活以上に、やりたいことがあった。ただ、全く体を動かさないのも落ち着かないので、学校生活が落ち着いたら、以前通っていた道場に週一、二回くらい通うのもいいかと思っている。
「そっか……。入ったら即戦力になりそうな気がするから、ちょっともったいない気もするけど……。特待維持するのも結構きついよね。うちも、外れると家計が苦しくなるから、頑張らないと」
「八神は、どうしてうちの高校にきたんだ?」
特待生で授業料は完全に免除されるといっても、施設費や制服代を合わせたら、公立より高くつくと言われている。
「第一志望の公立に落ちたからだよ。華橘は滑り止めだったんだ」
「そうなんだ。あんまりテストで緊張とかしなさそうなのに」
「受験した学校に、10年前に自殺者がいたんだ。時間が経ってるから大丈夫かと思っていたけど、いじめが原因だったみたいで、怨念みたいなのはまだ残ってて……」
口調はさらりとしているが、言っていることは穏やかではない。八神が「人の姿を失くして残留思念になっている場合は、負の感情に同調するとかなり苦しくなる」と言っていたことを思い出した。
「そういう人たちってさ……もう成仏できないのかな……」
八神がポテトをつまんでいた手を止め、旺史の目をじっと見つめてくる。
やはり、形のよいアーモンド形のこの目に見つめられるのは、全てを見透かされているようで、どうにも落ち着かない。
八神が自分から視線を逸らし、コーラを一口呷った。ふっと短く息を吐き、紙コップを握る自身の両手へと視線を落とす。
「僕のお母さんね、僕が3つのときに亡くなってるんだけど……。僕がそれを理解したのは、小学1年生のときなんだ。それまでずっと、お母さんは僕の傍にいたから……」
言葉を返せずにいると、八神は顔を上げ、旺史に寂しそうな微笑を向けた。
「お母さんが見えていることは他の人たちには内緒だって言われていたけど、小1のとき、クラスのみんながお母さんの自慢話をしはじめたときに僕も我慢できなくなって、今もお母さんがいるように話しちゃったんだ。それで、嘘つき呼ばわりした子と喧嘩になって……。そこからは無視されたり、上履きを隠されたり、ノートや教科書に落書きされるようになった」
懐かしそうに、それでもどこか苦しそうに話す八神の伏せられた睫毛に視線を注ぎ、旺史はただ耳だけを傾けた。
「お母さんにそのことを話したら、お母さんが懲らしめてあげるから、学校にお母さんを連れて行きなさいって言ったんだ。それで、学校に初めてお母さんがついてきて……。僕を一番いじめていた男子を、あの子だと教えたら……、その日、その子が学校からの帰り道で、車に跳ねられたんだ」
思わず息を呑む。
八神は伏せていた視線を上げ、「大丈夫」とでも言いたげにゆっくりと瞬きをした。
「幸いにも命に別状はなかったけど、骨折でしばらく入院することになって。その話を聞いて、僕は怖くなって学校に行けなくなった。急に学校に行かなくなった理由をお父さんが聞くから、お母さんが今も家にいることとか、いじめっ子が怪我をしたのは僕がお母さんに話したせいってことを泣きながら説明したんだ。そうしたら、たぶん祓い屋的な人かな。怪しい人が家に来て、お母さんとは今日でさようならをしようと言った」
八神が窓の外の景色へと視線を移す。
「……僕も……どこかではわかっていたんだ。亡くなったあとのお母さんが普通の人とは違うってことは。だんだん人の形を成さなくなっていたし。『懲らしめてあげる』とか、生前のお母さんなら絶対に言わなそうなことを言うようになっていたし……。祓い屋らしき人は、今ならぎりぎり間に合うって言ってた。これ以上時間が経てば、お母さんはもうお母さんでいられなくなるって。そうすると、寂しいとか苦しいとか、そういう嫌な気持ちだけがいつまでも残ってしまうことになるんだって」
途中で口を噤んでしまった八神の話の続きを引き取る。
「……だから……頑張ってさよならしたんだ」
八神がこちらに視線を戻す。外を見ていたとき、一瞬、光ったようにも見えていた目は、今は乾いていた。
「誰にも話したことなかったのに。なんで佐久良には話してしまうんだろ」
ふふっと笑う顔が寂しげでないことに、秘かに安堵する。
「それは俺が……」
言いかけて言葉に詰まる。
俺と八神の関係って何なんだろうと一瞬考え込んだ。
「それは俺が……、お前にとって『アース』みたいなもんだからじゃね?」
いくつか思いついた例えで、その単語が一番しっくりきた。
「アース? って冷蔵庫とかについてるやつ? 余分な電気を逃がすためのやつだよね」
きょとんとした顔で小首をかしげる八神に、頷いてみせる。
「お前、俺に触ると霊がはっきり見えて、記憶も読み取れたって言ってたじゃん。俺自身は全然霊感ないから、アンテナやブースターとも違うだろうし……。だから、アースみたいなもんかもって思った。お前の持つ先入観とか、霊から受け取った余分なものを外に逃がす感じ? それで、霊そのものの解像度が上がってるんじゃないかな。よくわからんけど」
「なるほど……」
八神はまだ完全には腑に落ちていない顔をしている。
「でも、出会ったばかりなのに、何でそうなるんだろうね」
「実は遠い親戚とか?」
「うちの両親、九州出身だよ」
そんな話をしている間に待ち合わせの時間がきて、ファーストフード店を出て改札前へと向かった。
「佐久良は高校の柔道部には入らないの?」
学校の最寄り駅から電車を乗り継いで1時間ほどかけて指定された駅に辿り着き、約束の時間までファーストフード店で時間を潰していると、八神がそんなことを尋ねてきた。
「まぁ。高校では、勉強に専念しようと思って。一応、特待生だし」
おどけた調子で肩をすくめてみせるが、それだけが理由ではない。
部活以上に、やりたいことがあった。ただ、全く体を動かさないのも落ち着かないので、学校生活が落ち着いたら、以前通っていた道場に週一、二回くらい通うのもいいかと思っている。
「そっか……。入ったら即戦力になりそうな気がするから、ちょっともったいない気もするけど……。特待維持するのも結構きついよね。うちも、外れると家計が苦しくなるから、頑張らないと」
「八神は、どうしてうちの高校にきたんだ?」
特待生で授業料は完全に免除されるといっても、施設費や制服代を合わせたら、公立より高くつくと言われている。
「第一志望の公立に落ちたからだよ。華橘は滑り止めだったんだ」
「そうなんだ。あんまりテストで緊張とかしなさそうなのに」
「受験した学校に、10年前に自殺者がいたんだ。時間が経ってるから大丈夫かと思っていたけど、いじめが原因だったみたいで、怨念みたいなのはまだ残ってて……」
口調はさらりとしているが、言っていることは穏やかではない。八神が「人の姿を失くして残留思念になっている場合は、負の感情に同調するとかなり苦しくなる」と言っていたことを思い出した。
「そういう人たちってさ……もう成仏できないのかな……」
八神がポテトをつまんでいた手を止め、旺史の目をじっと見つめてくる。
やはり、形のよいアーモンド形のこの目に見つめられるのは、全てを見透かされているようで、どうにも落ち着かない。
八神が自分から視線を逸らし、コーラを一口呷った。ふっと短く息を吐き、紙コップを握る自身の両手へと視線を落とす。
「僕のお母さんね、僕が3つのときに亡くなってるんだけど……。僕がそれを理解したのは、小学1年生のときなんだ。それまでずっと、お母さんは僕の傍にいたから……」
言葉を返せずにいると、八神は顔を上げ、旺史に寂しそうな微笑を向けた。
「お母さんが見えていることは他の人たちには内緒だって言われていたけど、小1のとき、クラスのみんながお母さんの自慢話をしはじめたときに僕も我慢できなくなって、今もお母さんがいるように話しちゃったんだ。それで、嘘つき呼ばわりした子と喧嘩になって……。そこからは無視されたり、上履きを隠されたり、ノートや教科書に落書きされるようになった」
懐かしそうに、それでもどこか苦しそうに話す八神の伏せられた睫毛に視線を注ぎ、旺史はただ耳だけを傾けた。
「お母さんにそのことを話したら、お母さんが懲らしめてあげるから、学校にお母さんを連れて行きなさいって言ったんだ。それで、学校に初めてお母さんがついてきて……。僕を一番いじめていた男子を、あの子だと教えたら……、その日、その子が学校からの帰り道で、車に跳ねられたんだ」
思わず息を呑む。
八神は伏せていた視線を上げ、「大丈夫」とでも言いたげにゆっくりと瞬きをした。
「幸いにも命に別状はなかったけど、骨折でしばらく入院することになって。その話を聞いて、僕は怖くなって学校に行けなくなった。急に学校に行かなくなった理由をお父さんが聞くから、お母さんが今も家にいることとか、いじめっ子が怪我をしたのは僕がお母さんに話したせいってことを泣きながら説明したんだ。そうしたら、たぶん祓い屋的な人かな。怪しい人が家に来て、お母さんとは今日でさようならをしようと言った」
八神が窓の外の景色へと視線を移す。
「……僕も……どこかではわかっていたんだ。亡くなったあとのお母さんが普通の人とは違うってことは。だんだん人の形を成さなくなっていたし。『懲らしめてあげる』とか、生前のお母さんなら絶対に言わなそうなことを言うようになっていたし……。祓い屋らしき人は、今ならぎりぎり間に合うって言ってた。これ以上時間が経てば、お母さんはもうお母さんでいられなくなるって。そうすると、寂しいとか苦しいとか、そういう嫌な気持ちだけがいつまでも残ってしまうことになるんだって」
途中で口を噤んでしまった八神の話の続きを引き取る。
「……だから……頑張ってさよならしたんだ」
八神がこちらに視線を戻す。外を見ていたとき、一瞬、光ったようにも見えていた目は、今は乾いていた。
「誰にも話したことなかったのに。なんで佐久良には話してしまうんだろ」
ふふっと笑う顔が寂しげでないことに、秘かに安堵する。
「それは俺が……」
言いかけて言葉に詰まる。
俺と八神の関係って何なんだろうと一瞬考え込んだ。
「それは俺が……、お前にとって『アース』みたいなもんだからじゃね?」
いくつか思いついた例えで、その単語が一番しっくりきた。
「アース? って冷蔵庫とかについてるやつ? 余分な電気を逃がすためのやつだよね」
きょとんとした顔で小首をかしげる八神に、頷いてみせる。
「お前、俺に触ると霊がはっきり見えて、記憶も読み取れたって言ってたじゃん。俺自身は全然霊感ないから、アンテナやブースターとも違うだろうし……。だから、アースみたいなもんかもって思った。お前の持つ先入観とか、霊から受け取った余分なものを外に逃がす感じ? それで、霊そのものの解像度が上がってるんじゃないかな。よくわからんけど」
「なるほど……」
八神はまだ完全には腑に落ちていない顔をしている。
「でも、出会ったばかりなのに、何でそうなるんだろうね」
「実は遠い親戚とか?」
「うちの両親、九州出身だよ」
そんな話をしている間に待ち合わせの時間がきて、ファーストフード店を出て改札前へと向かった。


