女性はしばらくの間、伏せ目がちの目元に逡巡を滲ませていたが、やがて根負けしたように口を開いた。
「……店長が吉岡さんに好意を寄せていたのは……たしかだと思う。私たちには、基本仕事のことしか聞かないのに、吉岡さんには趣味を聞いたり、体調を気にかけたりしてて……。吉岡さんがたまに仕事の後、個室に泊まることがあったんだけど、その個室料金も店長が払ってたみたい。それに私……聞いちゃったんだよね」
彼女が眉を顰め、声のトーンが一段下がる。
「休憩室で店長と吉岡さんが二人きりのときに、店長が『いつまでも待つよ』と言ってたの。それって普通は、彼氏と別れるのを待ってるって意味でしょ」
旺史は八神と顔を見合わせた。
ネット記事には、女性店員にしつこく交際を迫っていた店長が、彼女と彼女の彼氏に、別れるようナイフを突きつけて脅したと書いてあった。脅したのは、結局、二人が別れるのを待ちきれなかったということだろうか……。
「吉岡さんは……、店長のこと、迷惑がっていたんですか?」
旺史の問いに、彼女は皮肉めいた微笑を浮かべる。
「迷惑なら、普通はきっぱりフるか、バイト先を変えるんじゃない? 吉岡さん、見た目と違っておとなしそうな人だったけど……。案外、言い寄られて悪い気はしていなかったのかもね」
悪感情の滲む声色に返事を考えあぐねていると、女性が自分の体を抱くように腕を組み、ぷいと顔を背けた。
「別に私、店長に気があったわけじゃないからね? モサ男の親父だし。でも……、クレーマーの客には必ず自分が矢面に立ってくれていたし、酔った客に体を触られたときも、すぐに出禁にしてくれてさ。今の店長よりずっとマシだったから……。店長のこと何も知らない人たちが、SNSで『ストーカーざまぁ』とか『自業自得』とか好き勝手に言うのは、納得できないんだよね」
「今の話は警察には?」
悔しげに唇を引き結んでいた女性が、首を横に振る。
「店長が刺されたニュースを見た直後でかなり動揺していたから……。聞かれた質問にしか答えていない。店長が刺されたナイフを店の調理場で見たことがあるとか……、さっき話した、店長が吉岡さんのこと好きだったっぽい話とか……。噂で聞いたけど、相手の男、親が警察官僚なんだって。だからなのか、店長が不利になるような質問しかしていなかった気がする」
霊園で八神が見た映像と女性店員から聞いた話を総合し、関係者の人物像が見えてくるにつれ、徐々に一つの仮説が形作られていく。その仮説を裏付けるためにいくつか質問をし、話を切り上げようとしたところ、聞き役に徹していた八神が口を挟んだ。
「最後にもう一つだけいいですか? 店長さん、休憩時間によく同じ動画を見ていませんでした? 誰かが歌ってる感じのやつです」
「あぁ。よく知ってるね。好きなアーティストかなと思って聞いてみたら、素人が自分で作詞作曲した曲を歌ってる動画だって言ってた。いつもイヤホンしてたから曲を聴いたことはないけど」
八神と旺史は女性と連絡先を交換し、礼を言ってその場を後にした。
急なシフト変更などを依頼するときのためにバイト仲間でメッセージアプリのグループを作っていて、以前は吉岡もその中にいたらしい。個人的にやりとりしたことがあるので、履歴を見れば連絡先がわかると言っていた。
ひとまず「店長からの伝言を伝えたいので、ご連絡ください」というメッセージを送ってもらい、向こうからの返事を待つことになった。
「せっかく細かく作戦を立ててくれていたのに、めちゃくちゃにしちゃってごめん」
1階へと降り、改札に向かっていると、八神が神妙な声色で切り出した。「めちゃくちゃにしちゃって」というのは、嘘をつき通せず、早々に「店長からの伝言」などと口走ってしまったことだろう。
「最初からお前は、全部正直に話したがっていたし。うまくいったんだから結果オーライだろ。俺のほうこそ、無理に嘘つかせてごめん」
「佐久良が本当のことを隠そうとしたのは、僕のためでしょ」
「え……?」
声を漏らし、八神の横顔を見る。
「子どもの頃は、みんなが見えていないものを見えてるって言い張って、嘘つき呼ばわりされていじめられたこともあったから。隠したほうがいいこともわかる。だから、ありがとう」
はにかむような笑みを向けられ、言葉に詰まる。
「僕も、誰彼構わず話しているわけじゃないから。安心して」
「……いや……。一度ぶっ倒れた霊園にまた行こうとしていたくらいだからな。お前の『安心して』は信用できない」
冗談めかして言うと、八神がふふっと肩を揺らした。
普段の八神とキャラが違いすぎて、どうにも調子が狂う。
人のしない経験をしてきたことも、それで傷ついてきたことも、同じなのに。自分が捨ててきたものを、彼は未だに持ち続けている気がする。その違いがどこからくるのか、ぼんやりと不思議に思った。
「……店長が吉岡さんに好意を寄せていたのは……たしかだと思う。私たちには、基本仕事のことしか聞かないのに、吉岡さんには趣味を聞いたり、体調を気にかけたりしてて……。吉岡さんがたまに仕事の後、個室に泊まることがあったんだけど、その個室料金も店長が払ってたみたい。それに私……聞いちゃったんだよね」
彼女が眉を顰め、声のトーンが一段下がる。
「休憩室で店長と吉岡さんが二人きりのときに、店長が『いつまでも待つよ』と言ってたの。それって普通は、彼氏と別れるのを待ってるって意味でしょ」
旺史は八神と顔を見合わせた。
ネット記事には、女性店員にしつこく交際を迫っていた店長が、彼女と彼女の彼氏に、別れるようナイフを突きつけて脅したと書いてあった。脅したのは、結局、二人が別れるのを待ちきれなかったということだろうか……。
「吉岡さんは……、店長のこと、迷惑がっていたんですか?」
旺史の問いに、彼女は皮肉めいた微笑を浮かべる。
「迷惑なら、普通はきっぱりフるか、バイト先を変えるんじゃない? 吉岡さん、見た目と違っておとなしそうな人だったけど……。案外、言い寄られて悪い気はしていなかったのかもね」
悪感情の滲む声色に返事を考えあぐねていると、女性が自分の体を抱くように腕を組み、ぷいと顔を背けた。
「別に私、店長に気があったわけじゃないからね? モサ男の親父だし。でも……、クレーマーの客には必ず自分が矢面に立ってくれていたし、酔った客に体を触られたときも、すぐに出禁にしてくれてさ。今の店長よりずっとマシだったから……。店長のこと何も知らない人たちが、SNSで『ストーカーざまぁ』とか『自業自得』とか好き勝手に言うのは、納得できないんだよね」
「今の話は警察には?」
悔しげに唇を引き結んでいた女性が、首を横に振る。
「店長が刺されたニュースを見た直後でかなり動揺していたから……。聞かれた質問にしか答えていない。店長が刺されたナイフを店の調理場で見たことがあるとか……、さっき話した、店長が吉岡さんのこと好きだったっぽい話とか……。噂で聞いたけど、相手の男、親が警察官僚なんだって。だからなのか、店長が不利になるような質問しかしていなかった気がする」
霊園で八神が見た映像と女性店員から聞いた話を総合し、関係者の人物像が見えてくるにつれ、徐々に一つの仮説が形作られていく。その仮説を裏付けるためにいくつか質問をし、話を切り上げようとしたところ、聞き役に徹していた八神が口を挟んだ。
「最後にもう一つだけいいですか? 店長さん、休憩時間によく同じ動画を見ていませんでした? 誰かが歌ってる感じのやつです」
「あぁ。よく知ってるね。好きなアーティストかなと思って聞いてみたら、素人が自分で作詞作曲した曲を歌ってる動画だって言ってた。いつもイヤホンしてたから曲を聴いたことはないけど」
八神と旺史は女性と連絡先を交換し、礼を言ってその場を後にした。
急なシフト変更などを依頼するときのためにバイト仲間でメッセージアプリのグループを作っていて、以前は吉岡もその中にいたらしい。個人的にやりとりしたことがあるので、履歴を見れば連絡先がわかると言っていた。
ひとまず「店長からの伝言を伝えたいので、ご連絡ください」というメッセージを送ってもらい、向こうからの返事を待つことになった。
「せっかく細かく作戦を立ててくれていたのに、めちゃくちゃにしちゃってごめん」
1階へと降り、改札に向かっていると、八神が神妙な声色で切り出した。「めちゃくちゃにしちゃって」というのは、嘘をつき通せず、早々に「店長からの伝言」などと口走ってしまったことだろう。
「最初からお前は、全部正直に話したがっていたし。うまくいったんだから結果オーライだろ。俺のほうこそ、無理に嘘つかせてごめん」
「佐久良が本当のことを隠そうとしたのは、僕のためでしょ」
「え……?」
声を漏らし、八神の横顔を見る。
「子どもの頃は、みんなが見えていないものを見えてるって言い張って、嘘つき呼ばわりされていじめられたこともあったから。隠したほうがいいこともわかる。だから、ありがとう」
はにかむような笑みを向けられ、言葉に詰まる。
「僕も、誰彼構わず話しているわけじゃないから。安心して」
「……いや……。一度ぶっ倒れた霊園にまた行こうとしていたくらいだからな。お前の『安心して』は信用できない」
冗談めかして言うと、八神がふふっと肩を揺らした。
普段の八神とキャラが違いすぎて、どうにも調子が狂う。
人のしない経験をしてきたことも、それで傷ついてきたことも、同じなのに。自分が捨ててきたものを、彼は未だに持ち続けている気がする。その違いがどこからくるのか、ぼんやりと不思議に思った。


