「――で、今朝はどういう状況?」
一時間目の授業が終わり、教師が教室を出て行くと同時に話しかけてきたのは、前の席の斉藤穂積である。質問の対象は、八神のことしかない。
ホームルームの時間まで八神は保健室のベッドで経過観察されていた。旺史は養護教諭が帰ってきてからも付き添い、1時間目が始まるぎりぎりの時間に八神と連れ立って教室に入った。これまでつるんだことのない二人が揃って遅刻という状況が物珍しかったのだろう。教室に入るなり、クラス中の視線を集めていた。
前の席の斉藤は何か聞きたそうに自分の席に向かう旺史の顔をチラチラ見上げていたが、すぐに一時限目の担当教師が来たので、話をする時間がなかった。授業中、ずっと気になっていて、今ようやく聞けた、という勢いだった。
「通学途中で八神が気分悪そうにしてたから、介抱して保健室に連れて行って、付き添っていただけ」
途中は端折ったが、嘘は言っていない。
後ろに体をねじっていた斉藤が、顔を寄せて声のトーンを落とす。
「俺は、八神が引き寄せられるように霊園に行って、お前がそれを追いかけていったって聞いたぞ」
……さすが内部生。情報網すげーな。
内心で舌を巻きつつ、尋ねる。
「何で知ってんの?」
「登校中、部活の友達が写真送ってきたんだよ。これお前のクラスの奴だろ? 大丈夫かなって」
改札を出て一緒に歩いていた集団の中に、チームメイトがいたということだろうか。斉藤は中学からの内部進学組で、他のクラスにも知り合いが多い。
「八神、霊に呼ばれたとか言われてんのに無傷だったの、奇跡じゃね?」
自分が噂話など聞き流していたから、そこまで『ストーカーの呪い』が本気で恐れられていたのかと驚いた。
「別に呼ばれてねーし。俺も霊園に行ったんだから、だったら俺も呪われるはずだろ」
「いや……、なんか……、佐久良は霊のほうが敬遠しそう」
それは喜ぶべきことなんだろうが、どうにもディスられた気しかしない。
「俺、そんな最強オーラ出してねーわ」
斉藤の肩を軽くグーパンチした。
最強オーラはともかくとして、八神が言っていたように先入観によって見え方が左右されるのなら、自分には何も見えるはずがないと思い込んでいるところは、多少は影響してそうに思える。
でも、だとしたら何故、旺史に触れたときだけ八神の解像度がよくなるのかは不明だが。
その日の昼休み。旺史は弁当を持って空いていた八神の隣の席へと向かった。
席の持ち主である萩原も、内部進学組で斉藤と仲がいい。彼らはいつも学食に行って、昼休みは席を離れている。弁当の持ち込みも可能なので、もう一人仲のいい上野も含め、旺史もいつも学食で食べていた。今日は「八神と話があるから」と学食行きは断っている。
入学後すぐに前の席の斉藤と話すようになり、その隣の上野や、斉藤と仲のいい萩原も加わり、四人で行動することが多くなった。わりと全員、容姿が人目を引くほうで、女子たちからイケメン四人組などと陰で囁かれている。
旺史も、吊り目がちの三白眼で若干目つきは悪いが、それを自覚してなるべく愛想よく振る舞っているおかげで、「イケメン」の部類に入れてもらえているようだ。
クラスで一番目立つグループの旺史と、一匹狼の美少年。その取り合わせは、未だ意外らしい。
女子を中心に、朝とは異なる種類の好奇の滲む視線を感じる。
「体調はもう大丈夫なん?」
視線に気づかないふりをして声をかける。机の上に弁当を開いていた八神が顔を上げた。
「あ、佐久良。ありがとう。今朝もすごく眠かっただけで……、体調は大丈夫だよ」
控えめな笑みを向けられると、斉藤たちとふざけ合っているときと違って、妙に目のやり場に困る。
「俺もここで食べていい?」
「萩原君がいいなら、いいんじゃない?」
保健室で話したときは、どこか遠慮がちだったが、本来の八神はこんなふうに真っすぐに相手の目を見て、きっぱりとものを言う性質らしい。
「あいつは、いつも学食だから」
椅子に腰かけながら、ふと、八神の弁当箱の中身が目に入る。女子が使いそうな小さめのお弁当箱に、おかずはほうれん草の胡麻和えやきんぴらごぼうといった野菜料理ばかり。ご飯の量は旺史の半分ほどだ。
「弁当、それだけで足りるの?」
おかずが質素なことを馬鹿にしたつもりはなく、同じ高校生男子の弁当として、心底疑問に思ったのだ。
八神は一瞬、気恥ずかしそうに視線を落とした。
「運動部でもないから、このくらいがちょうどいいんだよ。油ものもあまり好きじゃなくて。父さんのにはちゃんと肉や魚も入れてる」
「え、マジで? もしかして、自分で作ってんの?」
弁当箱を開いていた旺史は驚きの声を上げた。
「うち、父子家庭だから。中学生くらいから平日はだいたい僕が作ってる。でも、お弁当は昨日の残り物のことが多いよ」
「すげーな……。うちも……」
うちも似たようなもんなのに、何もしてない――そう言いかけて、 途中で吞み込んだ。
うちは八神の家とは逆に、父親が長く家を空けていて、ほぼ母子家庭みたいなものだ。そのことは、何かの拍子でも誰かに話そうと思ったことはなかった。父親のことを聞かれるのが面倒だからだ。
気を抜いていたのか、気を許しているのか――。これまで意図的に避けていた話題を自分から口にしかけたことを、不思議に思った。
途中で口を噤んだせいで、八神が視線で続きを促してくる。
「……うちも、残り物メインだよ」
しばし考え、そう答えた。
斉藤たちには「八神と話があるから」と言って学食行きを断ったが、なんとなく周りの女子たちが聞き耳を立てている雰囲気で、霊園の霊のことを話題にするのは憚られる。
それ以降は教師の噂話や中学までやっていた柔道の話など、当たり障りのない話をして昼休みを終えた。
一時間目の授業が終わり、教師が教室を出て行くと同時に話しかけてきたのは、前の席の斉藤穂積である。質問の対象は、八神のことしかない。
ホームルームの時間まで八神は保健室のベッドで経過観察されていた。旺史は養護教諭が帰ってきてからも付き添い、1時間目が始まるぎりぎりの時間に八神と連れ立って教室に入った。これまでつるんだことのない二人が揃って遅刻という状況が物珍しかったのだろう。教室に入るなり、クラス中の視線を集めていた。
前の席の斉藤は何か聞きたそうに自分の席に向かう旺史の顔をチラチラ見上げていたが、すぐに一時限目の担当教師が来たので、話をする時間がなかった。授業中、ずっと気になっていて、今ようやく聞けた、という勢いだった。
「通学途中で八神が気分悪そうにしてたから、介抱して保健室に連れて行って、付き添っていただけ」
途中は端折ったが、嘘は言っていない。
後ろに体をねじっていた斉藤が、顔を寄せて声のトーンを落とす。
「俺は、八神が引き寄せられるように霊園に行って、お前がそれを追いかけていったって聞いたぞ」
……さすが内部生。情報網すげーな。
内心で舌を巻きつつ、尋ねる。
「何で知ってんの?」
「登校中、部活の友達が写真送ってきたんだよ。これお前のクラスの奴だろ? 大丈夫かなって」
改札を出て一緒に歩いていた集団の中に、チームメイトがいたということだろうか。斉藤は中学からの内部進学組で、他のクラスにも知り合いが多い。
「八神、霊に呼ばれたとか言われてんのに無傷だったの、奇跡じゃね?」
自分が噂話など聞き流していたから、そこまで『ストーカーの呪い』が本気で恐れられていたのかと驚いた。
「別に呼ばれてねーし。俺も霊園に行ったんだから、だったら俺も呪われるはずだろ」
「いや……、なんか……、佐久良は霊のほうが敬遠しそう」
それは喜ぶべきことなんだろうが、どうにもディスられた気しかしない。
「俺、そんな最強オーラ出してねーわ」
斉藤の肩を軽くグーパンチした。
最強オーラはともかくとして、八神が言っていたように先入観によって見え方が左右されるのなら、自分には何も見えるはずがないと思い込んでいるところは、多少は影響してそうに思える。
でも、だとしたら何故、旺史に触れたときだけ八神の解像度がよくなるのかは不明だが。
その日の昼休み。旺史は弁当を持って空いていた八神の隣の席へと向かった。
席の持ち主である萩原も、内部進学組で斉藤と仲がいい。彼らはいつも学食に行って、昼休みは席を離れている。弁当の持ち込みも可能なので、もう一人仲のいい上野も含め、旺史もいつも学食で食べていた。今日は「八神と話があるから」と学食行きは断っている。
入学後すぐに前の席の斉藤と話すようになり、その隣の上野や、斉藤と仲のいい萩原も加わり、四人で行動することが多くなった。わりと全員、容姿が人目を引くほうで、女子たちからイケメン四人組などと陰で囁かれている。
旺史も、吊り目がちの三白眼で若干目つきは悪いが、それを自覚してなるべく愛想よく振る舞っているおかげで、「イケメン」の部類に入れてもらえているようだ。
クラスで一番目立つグループの旺史と、一匹狼の美少年。その取り合わせは、未だ意外らしい。
女子を中心に、朝とは異なる種類の好奇の滲む視線を感じる。
「体調はもう大丈夫なん?」
視線に気づかないふりをして声をかける。机の上に弁当を開いていた八神が顔を上げた。
「あ、佐久良。ありがとう。今朝もすごく眠かっただけで……、体調は大丈夫だよ」
控えめな笑みを向けられると、斉藤たちとふざけ合っているときと違って、妙に目のやり場に困る。
「俺もここで食べていい?」
「萩原君がいいなら、いいんじゃない?」
保健室で話したときは、どこか遠慮がちだったが、本来の八神はこんなふうに真っすぐに相手の目を見て、きっぱりとものを言う性質らしい。
「あいつは、いつも学食だから」
椅子に腰かけながら、ふと、八神の弁当箱の中身が目に入る。女子が使いそうな小さめのお弁当箱に、おかずはほうれん草の胡麻和えやきんぴらごぼうといった野菜料理ばかり。ご飯の量は旺史の半分ほどだ。
「弁当、それだけで足りるの?」
おかずが質素なことを馬鹿にしたつもりはなく、同じ高校生男子の弁当として、心底疑問に思ったのだ。
八神は一瞬、気恥ずかしそうに視線を落とした。
「運動部でもないから、このくらいがちょうどいいんだよ。油ものもあまり好きじゃなくて。父さんのにはちゃんと肉や魚も入れてる」
「え、マジで? もしかして、自分で作ってんの?」
弁当箱を開いていた旺史は驚きの声を上げた。
「うち、父子家庭だから。中学生くらいから平日はだいたい僕が作ってる。でも、お弁当は昨日の残り物のことが多いよ」
「すげーな……。うちも……」
うちも似たようなもんなのに、何もしてない――そう言いかけて、 途中で吞み込んだ。
うちは八神の家とは逆に、父親が長く家を空けていて、ほぼ母子家庭みたいなものだ。そのことは、何かの拍子でも誰かに話そうと思ったことはなかった。父親のことを聞かれるのが面倒だからだ。
気を抜いていたのか、気を許しているのか――。これまで意図的に避けていた話題を自分から口にしかけたことを、不思議に思った。
途中で口を噤んだせいで、八神が視線で続きを促してくる。
「……うちも、残り物メインだよ」
しばし考え、そう答えた。
斉藤たちには「八神と話があるから」と言って学食行きを断ったが、なんとなく周りの女子たちが聞き耳を立てている雰囲気で、霊園の霊のことを話題にするのは憚られる。
それ以降は教師の噂話や中学までやっていた柔道の話など、当たり障りのない話をして昼休みを終えた。


