電車に乗っていたときから嫌な予感はしていた。
キャラクター柄のトートや耳付きカチューシャといった普段の通学中には見かけない装いの人たちが増え始め、そうして、その見るからにレジャーな客たちは、同じ駅で一斉に電車から吐き出されていった。人波に乗って辿り着いたテーマパーク『夢の国』のエントランスには、開園30分前にして、長蛇の列ができている。
わざわざ人が少ない日ということで、体育祭の振り替え休日である平日を選んだのに、だ。休日にはどんだけ混雑するのだろう。
――入る前からすでに帰りたい……。
白目をむいていると、頭上にふっと影が差した。
「今、すでに帰りたいと思ってるだろ」
顔を覗き込んできたのは、佐久良だった。
「中に入れば、そこまで混んでない場所もあるっぽい。特に乗りたいのなければ、人少なそうなとこから回る感じでいい?」
列の最後尾に並びながら、「あ、うん」と頷く。
「もしかして、事前に調べてきてくれた?」
「そりゃ調べるだろ。初デートなんだから」
ニヤッと片頬を上げた男を軽く睨む。
だから何で、男の僕を相手にそんな冗談を言うのか――言い過ぎて口にタコができそうな小言は、口には出さず飲み込んだ。
佐久良が「デート」などと言うのは、今日使うペアチケットが、秦が未来で彼氏とデートするためにタイムカプセルに入れておいたものだからだ。タイムカプセルから早めに回収したものの、付き合っていた槇村があんなことになったし、親友だった薫子は亡くなってしまったしで、「そんな不吉な物、新しい彼氏ができても使いたくないから。貴方たちで成仏させてあげて」と言って無理やり押し付けられた。
「佐久良が気になってる女子を誘ったらいいじゃん」と二枚とも佐久良に渡したが、「俺たち二人がもらったんだから、俺たち二人で行かないと」と言われ、その圧に押されてここまで来てしまったのだ。
佐久良といるのは好きだし、佐久良となら出かけるのもやぶさかではないが、人混みはどうにも苦手だ。
周りにいる女子たちが、佐久良を見てひそひそと囁き合っているのが視界の端を掠める。
佐久良はクラスでもモテるし、ひと声上げれば、一緒に行きたい女子たちが群がってきただろうが。何故か男の紫己と「デート」などと言って浮かれているような、少し残念なところがある。
「佐久良は夢の国に来るの初めて?」
「親父がいた頃は、家族で何回か来たことある。八神は?」
「僕は初めて。父さんも、あんまり人混み好きじゃないから」
残念と言ったことを、心の中で謝罪した。
佐久良の父親は彼が中1の頃から失踪中だ。いくらモテても、父親のことが気がかりで、女子と付き合う気にはなれなかったことも理解できる。
「まぁ、せっかくだから、今日は全力で楽しむよ」
佐久良にとっては家族との思い出の場所だ。デートはともかくとして、せめて今日だけは、佐久良がお父さんのことを忘れられるくらい楽しい一日になればいいと思った。
けれど、その矢先――。風船か飛んでくるように、何かがふよふよと宙を漂っているのが視界を掠めた。
風船よりも一回り大きく、手足の生えた人型のシルエットをしている。おそらく子供の霊。怨念のような重い気は感じないが、亡くなって時間が経っているのか、人の形は崩れかかっている。
「なに――?」
紫己が一点を凝視していたからか、佐久良もそちらに顔を向けた。
「もしかして、お前?」
「えっと……。いる、みたいだから……。力、借りてもいい?」
「お前なぁ。こんなときにまで」
佐久良は盛大に嘆いてみせたが、本気で迷惑がっているわけじゃないことは表情からわかる。
「意識飛ばさないように、一瞬で済ませるから」
「夢の国に来て一日医務室で時間潰すのはさすがに勘弁だぞ」
苦情を言いつつ、それでも笑って手を差しだす佐久良の手を握る。
迷子の子供の霊へと、その手を掲げた。
――来て。僕たちのところに。
キャラクター柄のトートや耳付きカチューシャといった普段の通学中には見かけない装いの人たちが増え始め、そうして、その見るからにレジャーな客たちは、同じ駅で一斉に電車から吐き出されていった。人波に乗って辿り着いたテーマパーク『夢の国』のエントランスには、開園30分前にして、長蛇の列ができている。
わざわざ人が少ない日ということで、体育祭の振り替え休日である平日を選んだのに、だ。休日にはどんだけ混雑するのだろう。
――入る前からすでに帰りたい……。
白目をむいていると、頭上にふっと影が差した。
「今、すでに帰りたいと思ってるだろ」
顔を覗き込んできたのは、佐久良だった。
「中に入れば、そこまで混んでない場所もあるっぽい。特に乗りたいのなければ、人少なそうなとこから回る感じでいい?」
列の最後尾に並びながら、「あ、うん」と頷く。
「もしかして、事前に調べてきてくれた?」
「そりゃ調べるだろ。初デートなんだから」
ニヤッと片頬を上げた男を軽く睨む。
だから何で、男の僕を相手にそんな冗談を言うのか――言い過ぎて口にタコができそうな小言は、口には出さず飲み込んだ。
佐久良が「デート」などと言うのは、今日使うペアチケットが、秦が未来で彼氏とデートするためにタイムカプセルに入れておいたものだからだ。タイムカプセルから早めに回収したものの、付き合っていた槇村があんなことになったし、親友だった薫子は亡くなってしまったしで、「そんな不吉な物、新しい彼氏ができても使いたくないから。貴方たちで成仏させてあげて」と言って無理やり押し付けられた。
「佐久良が気になってる女子を誘ったらいいじゃん」と二枚とも佐久良に渡したが、「俺たち二人がもらったんだから、俺たち二人で行かないと」と言われ、その圧に押されてここまで来てしまったのだ。
佐久良といるのは好きだし、佐久良となら出かけるのもやぶさかではないが、人混みはどうにも苦手だ。
周りにいる女子たちが、佐久良を見てひそひそと囁き合っているのが視界の端を掠める。
佐久良はクラスでもモテるし、ひと声上げれば、一緒に行きたい女子たちが群がってきただろうが。何故か男の紫己と「デート」などと言って浮かれているような、少し残念なところがある。
「佐久良は夢の国に来るの初めて?」
「親父がいた頃は、家族で何回か来たことある。八神は?」
「僕は初めて。父さんも、あんまり人混み好きじゃないから」
残念と言ったことを、心の中で謝罪した。
佐久良の父親は彼が中1の頃から失踪中だ。いくらモテても、父親のことが気がかりで、女子と付き合う気にはなれなかったことも理解できる。
「まぁ、せっかくだから、今日は全力で楽しむよ」
佐久良にとっては家族との思い出の場所だ。デートはともかくとして、せめて今日だけは、佐久良がお父さんのことを忘れられるくらい楽しい一日になればいいと思った。
けれど、その矢先――。風船か飛んでくるように、何かがふよふよと宙を漂っているのが視界を掠めた。
風船よりも一回り大きく、手足の生えた人型のシルエットをしている。おそらく子供の霊。怨念のような重い気は感じないが、亡くなって時間が経っているのか、人の形は崩れかかっている。
「なに――?」
紫己が一点を凝視していたからか、佐久良もそちらに顔を向けた。
「もしかして、お前?」
「えっと……。いる、みたいだから……。力、借りてもいい?」
「お前なぁ。こんなときにまで」
佐久良は盛大に嘆いてみせたが、本気で迷惑がっているわけじゃないことは表情からわかる。
「意識飛ばさないように、一瞬で済ませるから」
「夢の国に来て一日医務室で時間潰すのはさすがに勘弁だぞ」
苦情を言いつつ、それでも笑って手を差しだす佐久良の手を握る。
迷子の子供の霊へと、その手を掲げた。
――来て。僕たちのところに。


