それでは、お先にごきげんよう

「佐久良のやつ、また情報収集してんの」

 昼休みに開け放たれた窓枠にもたれ、外を眺めていると、隣に立った斉藤が呆れた口調で話しかけてきた。視線の先には、中庭で二人の女子生徒と談笑する佐久良の姿がある。

「あんだけのスペックなんだから、年の差とか気にせずさっさと告っちまえばいいのに。見た目に寄らず肝が小さい奴だな」

 背後から萩原の声が続く。学食帰りらしく、萩原の隣には上野もいた。

 お弁当を食べ終えた佐久良がなぜ中庭で女子と談笑しているかというと、情報収集のためだ。彼は三年生の女子に一目惚れし、彼女に関する情報を集めている――不審に思われないために、表向きの理由はそういうことになっている。
 中等部からの内部生で知り合いの多い斉藤や萩原にも頼み込み、協力を仰いでいた。 
 ただ一人、情報収集の本当の目的を知る紫己は、嘘の片棒を担いでいる手前、この話題を振られると返答に窮する。

「まぁ……。そんだけ本気ってことなんじゃない?」

 視線を泳がせた先で、上野が興味なさそうに欠伸をしていた。ゲームオタクの彼は、基本的にゲーム以外の話題に食いつくことはない。
 話を終えたようで、中庭では女子生徒が離れていき、こちらを見上げた佐久良が手を振り、親指を立て「Good」のポーズをする。隣の窓で外を見ていた女子たちから、「キャッ!」と小さな悲鳴が上がった。

「佐久良君、今、こっちに手振ったよね!?」
「親指立てたの、告白してオッケーもらったとかじゃないよね? だとしたら泣くー」

 急に盛り上がり始めた女子たちとは裏腹に、斉藤と萩原は白けた顔をする。

「あの天然タラシがっ!」
「そういや、お前、この前の合コンで連絡先交換した子はどうしたの?」
「今度二人でどっか行かない? って誘ったら、『せっかくだから、佐久良君たちも誘ってまたみんなで遊ぼうよ』って返ってきて、そっから連絡してない」
 
 遠い目をした斉藤の肩を、萩原が慰めるようにぽんぽんと叩く。
 女子たちから「イケメン四人組」と呼ばれるだけあって、斉藤も容姿は整っているのだが、萩原から聞いた話によると、がっつきすぎて女子に引かれてしまうらしい。萩原は、余計なことを喋り過ぎるせいか、仲良くなっても友達止まりとか。

 このあとの展開はなんとなく予想がつく。「――で、実際のところ、佐久良と秦先輩、今どんな感じなの?」と紫己が質問責めに遭うのだ。
 最初に紫己が彼女に呼び出されたので、二人の仲人役のように皆から思われている。

 面倒くさいことになる前にそろそろ自分の席に戻ろうとゆっくり後ずさりしていると、ポケットでスマホが振動した。
 佐久良からのメッセージで、「中庭来れる?」というものだった。


 カップジュースの自動販売機で佐久良にはアイスコーヒーを、自分には炭酸系飲料を買って中庭に行くと、彼は木陰のベンチに座り、スマホをいじっていた。
 
「待たせてごめん。アイスコーヒーでいい? 炭酸もあるけど」

 紙カップを差し出すと、佐久良がふわりと切れ長の眼を細める。

「ありがと」

 目つきの悪い彼のこういう表情を見ると、女子が「ギャップ萌え」という気持ちもわからないでもない。

 一人分の距離を開け、隣に腰を落ち着ける。
 カップを左手に右手でポケットからスマホを取り出し、親指で画面を起動させる。

「秦先輩、僕のところにはまだ返事来てない。佐久良は?」
「俺も。斉藤の話では、今日も休んでるみたい」
「そっか……」

 大丈夫かなと言いかけて、言葉にはせず、カップのジュースに口をつけた。
 呟いたところで、何をもって「大丈夫」と言えるのかは、佐久良にもわからないだろう。

 彼女のクラスで霊視したのが一週間前のことだ。
 目を覚ましたときには彼女はいなかったから、翌日に霊視の結果を報告した。
 話した内容は、薫子が階段から転落する直前に男に襲われていたことと、もしかしたら狙いは秦のほうで、スマホを奪うことが目的だったかもしれないこと。
 正直に話せば彼女の罪悪感が増すことは予想できたが、佐久良と相談して伝えることに決めた。犯人が捕まらない限り、今後また、彼女の身に同じような危険が降りかかる可能性があるからだ。

 話を聞いている間、彼女はみるみる顔色を失っていった。明らかに、自分を狙うかもしれない相手に心当たりがありそうだったが、途中で「ありえない作り話をしないで!」と怒り出し、取り付く島もなかった。
 薫子のことも、彼女に憑りつかれていると思ったのは勘違いだったと言い始め、完全にシャッターを下ろされたのである。

 その後は気持ちが落ち着くまではと思い連絡はせず、彼女の交友関係について情報収集していた。彼女にとってはプライバシーの侵害かもしれないが、でも、人が亡くなっている以上、何も見なかったふりはできない。

 彼女はその後も毎日学校に来ていたので、それだけでも安心していたが、秦と同じクラスに部活の先輩がいる斉藤の話では、昨日から、体調不良で学校を休んでいるということだった。メッセージを送れば既読はつくものの、返事はない。

「薫子さんは?」

 問われて、紫己は視線を上げた。
 意識を集中させ、彼女の気配を追う。

「今日も……三階を中心にウロウロしてる感じかなぁ」
「やっぱ秦先輩を探してるんかな?」
「探してる感じはするけど……。秦先輩かどうかは、僕もわかんなくて……」

 一週間前までは、学校内に霊の気配も感じなかった。
 一度霊視してからは、なんとなく、彼女がどの辺にいるのかは感じ取れるようになった。それだけでなく、最初は、「なぜこうなっているのかわからない」といった感じでぼんやりしていたのが、日に日に不安や焦燥のようなものが増していて、嫌な感じの『気』になりつつあった。
 彼女に同調しているのか紫己の中でも、刻一刻と不安が膨らんでいく。
 そのことも、紫己の気持ちを重くしていた。

 前回見落としたものが見えるかもしれないと思って、もう一度霊視をすることを提案したが、それは最終手段だと却下された。
 回を重ねるごとに紫己の意識が戻りにくくなっているんじゃないかというのが、佐久良が渋る理由だった。


「さっきの人たちは? 親指立ててたってことは、なんかわかったってこと?」

 気を取り直して尋ねると、佐久良がアイスコーヒーから口を離し、こちらに顔を向ける。

「秦先輩の同中だって。先輩に彼氏がいたかどうかは彼女たちも知らなかったが、中学のときに先輩が熱を上げていた相手のことは聞けた。家庭教師のことが、ずっと好きだったらしい」

「家庭教師?」

 思わず大きな声を出してしまい、慌てて周囲を見回す。すでに夏日とも言える陽射しのおかげで、近くには誰もいなかった。

「中2のときまで教えてもらっていた大学生の家庭教師がいて、中学の頃はその人のことがずっと好きだったみたい。彼女が中3に上がるときにその人は大学を卒業して、ここの教師になったから、それでここを受験したんだって。家庭教師の名前は教えてもらえなかったらしいけど」

「え? でも、今年で教師四年目の先生ってことだよね? それってかなり限られるんじゃない?」

 私立高校だからか、もともと若い先生自体少ない。
 佐久良がしたり顔で頷く。

「三年担当の槇村旭(まきむらあさひ)。数学教師。彼女たちの話では、高等部の教師で社会人四年目で、関東近郊の大学出身となると、彼しかいないらしい」

 槇村――。

 その名前に、どこか聞き覚えがあった。
 そうだ。たしかあれは――。

『ねーねー。紗良(さら)ちゃん、三年担当の槇村先生と結婚するって本当!?』